■英数字
VOSTOK -Milky Drug 4 Universe-



セントラル・ゲートを抜けると
嘘吐きな僕等を、僕等は笑った。
遠くから店主の声が聴こえたけれど、気にならなかった。

手の中に抱え込んだのは、八冊の古本と、不健全な満足感。
店先のテレ・ビジョンに映っていたのは何だったっけ。

ペプシ・コーラの瓶を回し飲みながら
僕等は古本を回し読んだ。

僕等は古本の中の異国のグラヴィアを眺めながら
おおよそ手に入らないモノを、手に入れてみたいと思った。
または、手に入れた気分になった。
そうして其れ等を、自分のモノかのように、他人に語った。

空はまだ、青かった。










『Milky Drug 4 Universe』










掌はまだ綺麗だった。
僕等はまだ、チョコレイトが好きだった。

アポロ。
コルベット。
ワッフルトレーナー。

隣では仲間達が、月の石の話をした。
僕はワッフルトレーナーを、履きたいと思った。
其れから、コルベットに乗って、走りたいと思った。

空を飛ぶのは、ずっと後で良いと思った。



3804。

ガガガ。

4591。

ガガガ。



螺旋階段の伸びている鉄塔が、僕等の遊び場だった。
其の鉄塔は、恐らくは廃校か何かの鉄塔だった。
其処で僕等はどんな会話を交わしたっけ。

覚えちゃいないな。
あまり覚えちゃいないのは
会話なんか必要なかったからだろう。

錆びた古いラジオを、僕等は宝物と呼んだ。
3804にダイヤルを合わせると音が聴こえた。
4591にダイヤルを合わせても音が聴こえた。
だから其れは立派な宝物だった。

そういえば階段の下には
何時も彼が座っていたな。
名前も覚えてないけれど。

彼は僕等よりも、ずっと年上だったはずだ。
煙草を吸っては上を見上げるばかりだった。

そういえば、彼と話した事があったな。

彼は煙草の箱を僕等に見せてきたんだ。

そして言った。


「この箱の横にあるマークを見ろよ。

 単なるインディアンの横顔だろう。

 だけれど、この箱を横にするとな。

 原爆投下のキノコ雲に見えるのさ。


 なぁ、見えるか?


 見える訳ないよな。

 俺には見えないね」



僕は壊れたラジオをずっと直していた。
理由なんかよく解らない。
ラジオなんて他にいくらでもあるものな。
だけれどもう一度だけ聴きたかったんだ。
錆びた古いラジオを僕は直していたのさ。



3804。

ガガガ。

4591。

ガガガ。



何を無くしてしまったのかな。
何だかもうよく解らないんだ。
よく解らないのだけれど
何かを無くした事だけは
はっきりと解ってる。

チョコレイトが好きだったな。

アポロ。
コルベット。
ワッフルトレーナー。
マリリン・モンロー。
J・F・ケネディ。
愛と青春の旅立ち。
卒業。

他にはどんなグラヴィアを眺めたっけ。
思い出せないな。
とにかく全てを無くしてしまった気分だ。

鉄塔の下で彼が言った台詞への
僕等の答は今でもよく覚えてる。
僕等はこう言った。




「原爆投下のキノコ雲だろ?見えるよ」




すると彼は驚いた顔をして笑った。
そしてその箱を僕等にくれたんだ。

ラッキーストライク。

そう。
僕等には見えたんだ。
大きなキノコ雲が見えた。


僕は今、その箱を眺めてる。

単なるインディアンの横顔。



3804。

ガガガ。

4591。

ガガガ。



ダイヤルの具合が悪いのは
壊れてしまったからなのか。
それとも初めから
音など聴こえてはいなかったのか。
聴こえた気がしていただけなのか。

ワイヤーロープを繋げるんだ。
3804-4591を切断。
SW-MSを通じてGに繋げるんだ。

ガガガ。

ガガガ。

ガガガガガガ。











やぁ、君か。

僕が何をしようとしているのかって?

君がずっと僕を見ているのはよく知ってる。

是を物語だと思って読んでるのも知ってる。

どうやら変な場所に入り込んでしまったね。

そうだなひとつだけ教えておくよ。

僕は声を拾いに来たんだ。





3804。

ガガガ。

4591。

ガガガ。




嗚呼、そんな場所で呑気に見ていないで。

早く聴かせてくれないか。

何をって。

声をだよ。

君の声をだよ。

生きてるんだろ。

それとも死んでるのか。



あっ。

ノイズ。








ザザザ

ザザザザザザザザ

ザザザザザザザザ

ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ

ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ

ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ……








ザザザ。








ザザザ。








ザ。

















リピート再生。



















セントラル・ゲートを抜けると
嘘吐きな僕等を、僕等は笑った。
遠くから店主の声が聴こえたけれど、気にならなかった。

手の中に抱え込んだのは、八冊の古本と、不健全な満足感。
店先のテレ・ビジョンに映っていたのは何だったっけ。



何だったっけ?



嗚呼、思い出した。

ボストークだ。

あの時、テレ・ビジョンに映ってたのは

ボストークだ。



3804-4591-SW-MS-G-OK?



掌はラジオで汚れた油まみれだ。
僕等はもう、チョコレイトに興味もない。

アポロ。
コルベット。
ワッフルトレーナー。

隣では仲間達が、月の石の話をした。
僕はワッフルトレーナーを、履きたいと思った。
其れから、コルベットに乗って、走りたいと思った。

だけれどアポロには乗りたくなかったんだ。

飛びたくなかった訳じゃない。

だって、僕はボストークの方が好きだった。


視界は明快。

音声は良好。


結局これは何の話かって。

特に何の話でも無いんだ。

ラジオが直ったって話。


ああ、そうだ。

ひとつだけ言いたい事があるよ。

さっき煙草を吸いながら箱の横を眺めたら

原爆のキノコ雲が、空高く舞ってたんだよ。

だから世界を救わなくちゃって

僕は思ったんだ。



可笑しいかな。

可笑しいよな。



だけれど僕は

胸を張って願うし

胸を張って祈るぜ。



セントラル・ゲートを抜けて

グラヴィアを投げ捨てて

ボストークに乗り込んで

そうだぜ 僕等は

もっと飛べる。

もっと高く飛べる。



ほら、声を聴かせてくれよ。



だって君は生きてるんだろ?

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