■英数字
Donut -We know flow of the snow-




彼の歩き方は少し不思議だ。

何時も宙を浮くように歩く。

足を地面に着けてからヒョコっと前に進む。

だから上半身が下半身の後から付いて来る。

猫背だし、とても綺麗な歩き方とは言えない。

だけれど私は

彼の歩き方を眺めているのが、好きだった。








『Donut (We know flow of the snow)』








この数日間で私に起こった日常の変化といえば
マックに新しいメニューが追加された事。
好きだった月曜日のドラマが終わった事。
それから彼と私の会話が少なくなった事。

理由は思い当たらぬのだから
考えるだけ随分と馬鹿らしい。
馬鹿らしいのだけれど
私は随分と考えていた。

最近の彼と私には、会話が少ない。


少なくなった分だけ多くなった事もある。


彼を眺めている時間だ。


沢山の会話がある時は
彼の馬鹿な行動を眺めながら
彼の声さえ聞いていれば良いのだから
彼の声さえ聞いていなかった時もあったけれど
とにかく相槌を打つだけでも会話は成立するし
彼の顔をまじまじと見なくたって良かった訳だ。

今はどうだろう。
特に理由も思い当たらぬまま
会話の少なくなった私達にとって
手がかりは彼をよく眺める事の他に無い。


手がかり?

そう。

彼と私は繋がっているのだと、知る為の手がかり。




彼は不思議な歩き方をする。




私の目に映る、多くの他の人達とは

まるで違う歩き方をする。



すぐに転びそうな歩き方をする。

まるで猫のような歩き方をする。

とても寂しそうな歩き方をする。

そして幸せそうな歩き方をする。



其れは

私がどんなに彼と会話を交しても

前のように顔さえ見ずに話しても

まるで気付く事の無かった部分だ。



きっとどんなに聞き耳を立てていたとしても

彼がこんな歩き方をしていたなんて気付かなかった。

其のような彼の不思議な歩き方を眺めながら

私も置いて行かれぬように歩いていく。



もしかしたら私も不思議な歩き方なのかもしれないな。

そうだとしても彼は気付いてなんかないだろうけれど。

教室の窓ガラスの外は雪が降ってた。

帰り道で久し振りに彼に話しかけた。

雪が降ってた。




「ねぇ」



「ん?」



「歩き方、変よね」



「久し振りに話したと思ったら、何それ」



彼は少しだけ

楽しそうに笑い

其れから数秒間

私の足元を黙って眺めた。




「お前も歩き方、変だけどね」




雪の帰り道は静かだった。








理由も思い当たらぬまま

会話の少なくなった私は

理由も思い当たらぬまま

彼をよく眺めるようになった。



一歩。

一歩。

雪の上を。

音も無く。

歩くように。






「幸充」






彼の名前を呼んでみた。



「何?」



幸充が返事をした。

幸充が返事をしたから

私は嬉しくなった。


「ドーナツ食べにいこうか」


「え!マジで!」


「最近食べてなかったじゃん」


「お前奢ってくれないじゃん」


「うわ。何だその図々しさ」




私達は久し振りに、声を出して笑った。




ドーナツ。

そうね、ドーナツのように。

真ん中に大きな穴のあいた私達は

きっと大きな穴を埋めてくれる何かを

ずっと求めているかもしれないのだけれど。


ドーナツの楽しみ方は

そんなに悲しいモノや

苦しいモノじゃないと

最近の私は思うんだ。



「オールドファッション」


「フレンチクルーラー」


「エンゼルショコラ」


「ハニーディップ」


「ホームカット」


「ダブルチョコレート」



ドーナツを並べよう。

君と私のドーナツを並べよう。

小さなリング。

大きなリング。


沢山のドーナツでリングを作ったら

分け合いながら食べるのよ。

笑い合いながら食べるのよ。

どう?素敵でしょ?



「今、一番食べたいのは?」


「いいよ、せーので」


「せーので、言おう」


「せーの…」


「ポン・デ・リング!」



何一つ手がかりを見逃さないようにしよう。

音に聞き耳を立てるばかりなのはやめよう。

よく眺めていればすぐにわかるはずなのだ。



彼が不思議な歩き方をしてる事が。

宙を浮くようにして猫背で歩いてる事が。

其れを眺めてるのが私は好きだって事が。



「あ!だめだ!」


「え!なにが!」


「今日、そんなにお金ないや!」


「え!マジで!何そのオチ!?」








雪が降ってる。








雪は降って

日が経って

やがて溶けて消えるのだけれど

どうか どうか 忘れないで欲しいんだ。


幸充と私が歩いた今は

雪道の上に

雪道の上に

静かに雪の降る帰り道に

そうして足跡を残してるって事を。




「今度またエビエキス作ってやるよ」



「え、早起きしてまたぁ?」



「じゃ、今度はイモエキスにしよう」



「何しようとしてるのか大体わかる」





『Donut (We know flow of the snow)』 - FIN.

inserted by FC2 system