■英数字
Grid Gale Grim Reaper.




 十三と三十ニ枚の記憶を広げて、不統合性の夢を垣間見ている。他の追随を許さない圧倒的な才能。初めから持ち合わせてなどいない情熱。其れから正解に見せかけた嘘。同じ呼び名の真実。あとは音楽と煙草。忘れ果てた輪郭の記憶。嗚呼、今から俺は人を殺すところだ。理由らしい理由も無い。何たる最悪な行為だ。何にも劣らぬ愚かで惨めな行為だよ。

 雨と呼ぶよりは雪。否、水分が凝固して降り落ちてくる。湧き出る訳でも、溢れ返る訳でも無い。只、降り落ちる為に降り落ちる。例えば俺の生きる世界が、誰かの常識じゃ第三惑星と呼ばれている事実には、全く失笑を禁じえない。何とも他人事な空気が流れている。同じくこの世界を地球と呼ぶ事にもだよ。名前も知らない隣人が死んで、さて誰が悲しんだ?
 奴等はガソリンの価格だとか、スーパーの野菜の相場に夢中で、まるで其の日暮らしと変わらない。自分の人生を如何にして幸福にするべきかを考えてはいるが其の癖、幸福の基準となると曖昧で、花弁一つ慈しむ事さえ出来ない。俺は今から人を殺すが、其れが自分の事だとは、想像さえもしていない。

 音速340 m/s で鉛が脳髄を貫いても、奴等は知らないと言うだろう。全ては無知だ。無知を知る事など出来ない。ソクラテスほど信用できない人間は居ない。無論、俺の次に。国道から裏路地に入ったら、車のエンジンは切っておいてくれないか。必要ないだろう。お前はもうすぐ殺されるのだから。其れとも生きたいと願うなら、せめて祈ってくれないか。死にたくないと。生きたいと。惰性で垂れ流されるのは迷惑だ。信号機は点滅を開始しているが、さて何処へ行きたい?

 虚勢。冗舌。強欲。卑下。劣化する模倣。くらだないネット小説と三流の冗談。其れから俺の銃口。好きな方を選べ。選ばなくとも構わない。其のどれもが初めから、大した価値など無いのだから。ところが価値ある選択と、誰かがお前を評価する。其の瞬間に、無意味な選択に価値が生まれるのだとしたら、何とも滑稽だよ。そして憎らしい。果たして人間らしいから、俺は今すぐお前を止めてしまいたい。気に食わないのだ。マンホールの淵を、溶けた水が垂れ落ちて往く。下水道に流れた水が、やがて浄化され海に戻る。安価な魂よ。お前も同じか。
 其れとも深き地の底で、濾過されるのを待っているのか。お前の価値など、誰にも決められはせんよ。お前の無価値を、誰にも決められないように。其れでもお前は誰かの声を、今か今かと待っている。肥大した妄想と自尊心。空虚な風船のようなお前に、一体何が出来ると思うかね。完全密閉型の、矮小な無自覚。無責任。無批判。お前は誰の能力を、自分のものだと勘違いした?

 振動しながら連動する、俺の生命。お前の生命。ところが酷く断絶している、俺とお前の関係性。今の状況を招いたのはお前だよ。だからお前を殺す事さえ、俺には迷う術すら無い。
 さぁ、右手にロープ。左手にナイフ。心臓に弾丸。好きな方法を選べ。
 何を選んでも構わない。お前の好きな方法を。


「ならば僕は選択しよう。
 右手に傘。左手に煙草。ポケットに小銭と千円札を数枚。
 其れだけで僕は、大切な誰かと、雨の降る今日を乗り越える事が出来る」


 ははははは!
 お前の声は聞こえたが、嘲笑にさえ値しない。絶望的に楽観的だ。根本的に人間的だ。そして故に、だからこそ、俺は今この瞬間に、お前を殺せる理由が無くなってしまった。嗚呼、降り落ちる水を遮る知恵を、空虚な肺を埋める手段を、今日を乗り越える安価な術を、お前は既に持っている。誰に教わる訳でも無く、己の知恵だと思い込み、其の脈々と受け継がれ往く、生きる心理を――要するに、誰かと雨を越える真理を――まるで小銭を扱うように、当たり前のように持っているのさ。弄ぶなよ、受け継ぐならば。お前の町では本日も、悲惨なニュースが流れるだろう。其れでも呆れ、自惚れるな。お前の命は矮小だ。だからお前は生かされる。

 例えば世界が壊れても、誰かが笑えば幸せになる。お前の思考は単純だ。
 故に誰にも、お前の世界は壊せない。
 俺にお前は殺せない。

 死ぬか、生きるか、最期に一つ。
 何時か再び、またしても、俺がお前を殺しに来る時、答を一つ用意してくれ。
 無知なお前よ。愚鈍な君よ。考え得る限りにおいて単純明快な、複雑な、其の淡き生命よ。
 唯一つ、理由無き我等の存在に、理由を付けてくれ。

 俺は一体、誰なんだ。

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