■あ行
駅にまつわる物語 1




ガタンゴトン。


あのね。

何かお話でもしようと考えたのだけれど

さて何から話せば良いものかと考えてみるに

私は素敵なお話のひとつも持ち合わせていなかった。


ガタンゴトン。


あれれ。

ではどうして素敵なお話のひとつも

持ち合わせてないのかと考えてみるに

そうね 考えてみる前に 感じてみるに

体が正に現在 小刻みに揺れているからだと思うんだ。


要するに 今はまだ電車の中だ。


其の前に 疑問点が何個か在って

私が現在 電車に乗っているという事は

最初に電車に乗り始めた駅が存在する訳だから

最初に乗り始めた駅の話でもすれば良い訳だけれど

是がまた 最初に乗り始めた駅の記憶が無いのだから困る。


せめて此の電車が各駅停車をしてくれたら

駅の話も出来るのかもしれないのだけれど

何処へ向かってるのかもよく解らない上に

途中乗車も途中下車も出来ない電車らしく

いやちょっと待てよ。


何処へ向かってるかも解らない?


今 思ったのだけれど 是ってかなり問題ではなかろうか。

何処へ向かってるかも解らないような電車に

何故に私は此のようにして 乗っているので在りましょうか。

其処で車掌のアナウンス。


うわ 何言ったのか全然聴こえやしねぇ。

うわ。

何だ今の。

何だ今の。

しっかり喋ってくれよ車掌さん 頼むよ。


何か「次はオムライス」とか

そんな雰囲気の事を言った気もするのだけれど

まさかね 車掌が「次はオムライス」なんてね

言う訳が無いような気がする私が間違ってるのか。


言ったのか?


マジ頼む。

ホント勘弁して。

だって今の車掌のアナウンスが本当だったら

私は オムライスに向かってる女 になってしまう。


オムライスに向かってる女。


いや まぁ 語感は悪くない。

向かってる先がオムライスというのも

いや うん まぁ 乙女チックだし

清潔で清楚な気もしない事もないし

がんばって綺麗になっちゃう!

だけど食欲には負けちゃうの!

みたいな感じが

思春期のちょっと危ういバランスを表現してて

まぁ 気に入らないって程でもないかな うん。


よし 今から私の向かってる先はオムライスだ。

オムライスなのだ。

オムライスに着けば其処にはオムライス駅が広がり

オムライス駅員がオムライス笑顔で出迎えるだろう。

そして私にこう言うのだ。


「ようこそライス」


いや「オム」の方取っちゃうのかよ!

むしろ「オム」の方が多分大事だよ!

だって「オム」の方取っちゃうと単なる「お米」だからね!


あ 何か今 ちょっとテンション上がった。


馬鹿みたい。

独りで電車の中で空想して盛り上がってた。

オムライスに向かってる電車なんて在る訳が無いんだ。


車掌のアナウンスが気まぐれで流れるのは何時もの事だし

アナウンスが何を言ったのか解らないのも何時もの事だし

其の度に私が独りで馬鹿な空想に耽るのも何時もの事だし

結局 そうして何処にも止まらないのも 何時もの事なんだ。




ガタンゴトン。




退屈だな。




ガタンゴトン。




窓に 一瞬 光。




ん。

何だろう今のは。

左から右へ通り過ぎる光。

前から後に通り過ぎる光。


時折こういう事が在るのだけれど

あまり気にしないようにしている。

気にしたところで電車は止まらないし

止まったところで光は通り過ぎ 既に届かない。


そうそう 話が戻るのだけれど

私が考える疑問点が何個か在って

其の中で 今でもずっと考えているのは

此の電車には他に乗客が居ないのか という事。


我ながら驚いた事に

私は此の電車に乗ってから

一度も座席を立った事が無いと思う。


思う って言ったのは

電車に乗った最初の記憶が無いから。


もしも 例えば此処で私の目の前の座席に

名も知らぬ寂しげな青年でも座っていれば

其れは有無を言わさず劇的な話になると思うのだけれど

主に純愛少女コミック路線でそうなると思うのだけれど

何路線かも解らない私の路線(さっきまでオムライス線だった)には

名も知らぬ寂しげな青年が座っている訳も無く

空席 空席 煙草の焦跡 また空席。




煙草の焦跡。




ほう。

そう言えば気が付かなかったけれど

此の車両は煙草の焦跡が沢山在る。

ほとんどは床に。

たまに窓や席に。


誰かが乗っていたという事?

誰かが乗っているという事?


点々と付いた床の焦跡を目で追う。

すると一本線のように続いている。

昔読んだ 童話のパン屑 みたい。


目で追う。

目で追う。

すると前の車両の扉の前に辿り着く。


あ。

私は思わず座席を立っていた。

自分が思わず立っていた事には驚いたけれど

だからと言って別に大騒ぎする程の事でも無い。


別に「絶対に立たないぞ宣言」もしてないし

足に難病を抱えたアルプスの女の友人でもないし

「あ 立っちゃった ま いいけどね」

そんな感じで立っちゃった訳だ。


せっかく立ったのだし

ついでだから煙草の焦跡の追跡を再開した。

点々と続く焦跡は漆黒と暗闇の洞窟へと果てしなく伸びて

我々を舐めるように誘う伝説の大蛇の舌のようであります



古館伊知郎なら喜んで実況を始めるようなシチュエーションだ。


扉を開けて前の車両に入る。

空席ばかりが広がっている。

やはり誰も居ない。

焦跡は尚も前へ伸びて居る。


私は歩く。

前へ歩く。

焦跡を追ってるだけなのだけれど

久々の 歩く という感覚は 悪くない。


何となく意気揚揚と

胸を張り

腕を振り

ちょっと鼻歌でも口ずさみながら

歩いても良いような気がしてきた。

どうせ誰も居ないし。




歩こう

歩こう

私は元気!




うん悪くない。

何かのってきたし。

よし もういっちょ。




歩こう

歩こう

私は元気!




次の扉を開き

車両の連結口を通り過ぎ

ほら大きな声。




歩くの大好き!




「え?」




うわ 人いたし。

ありえない。

ありえない。

何でこのタイミングで人いるんだよ。


うわ 歩くの大好き!って言ったの絶対聴かれたよ。

いや別に歩くのが特別好きって訳じゃ無いんですよ。

だって ほら 人間だし ね?

歩くのとか別にほら人間の基本動作じゃないですか。


だから別に歩くの大好きって程でもないんですけど

いやしいて言うなら大好きなのはとなりのトトロで。


「お姉ちゃん何やってんの?」


ん?

よく見ると其処には

小さな男の子が座ってい居た。

車両の連結口に在る とても小さな窓を開けて

錆びた鉛色の席の上に座り 男の子は外に手を伸ばして居た。


「お姉ちゃん何やってんの?」


いや何やってんのって言うか

うん別に何もやってはないよ。

しいて言うならそうね

煙草の焦跡をちょっとね。


「煙草の焦跡?」


そう 煙草の焦跡。

其れがね お姉ちゃんの居た場所からね

ずっと一直線に伸びてたからね

其れを辿っていたら此処までね。


「退屈だったの?」


いやうるさいわね。

何となく興味があったのよ。

だって何だか不思議じゃない?

誰も居ないのに煙草の焦跡は在るなんて。


「歌ってたじゃん」


うわ やっぱり聴かれてたし。

う うるさいよ それはもういいの。

歌うのは人間に与えられたもっとも素晴らしい

いや もういいわ。


「誰も居ないの?」


ああ いや 今は君がいるけどね。

さっきまでは独りだったからね。

だから何となく煙草の焦跡を

そうそう此の焦跡だよ。

是が向こうから点々と続いて

あれ?


焦跡は向こうから点々と続いて

男の子の足元で終わっている。

足元に一本の吸殻。

是 君が吸ったの?


「え 違うよ?」


まぁ そりゃそうか。

どう見ても君は小学生だものね。

いやでも最近の小学生は解らないわよ。

今じゃ小学生から不純異性交遊などという


「お姉ちゃん 何言ってんの?」


いや何でもないですごめんなさい。

てゆーかさっきから何やってるの。

窓から手なんか出したら危ないよ。


「大丈夫だよ 種を蒔いてるだけ」


種を蒔いてるの?

良いね 何の種?

私も花は好きだよ。


「これの種」


そう言うと男の子は

私に袋を差し出した。

中を覗いてみる。

甘い匂い。


「お姉ちゃんも蒔く?」


蒔かない。

てゆーかそれ飴じゃん。

飴を砕いただけじゃん。


「でも咲くよ」


咲くの?飴が?

まず飴は花を咲かせないし

手もベタベタになっちゃうよ。

むしろ多分 既になってるよ。


「仕方ないな」


男の子は少し呆れたような顔をして

手を窓の外から内へ戻すと

鉛色の席の上にきちんと座り直した。

其れからまた呆れた顔をして言った。


「飴は咲かないと 本当に思ってるの?」


其の顔は酷く悲しそうでも在ったし

其れから私への憐れみも含んでいた。

男の子は窓の外を眺めて

其れから私の目を眺めた。


「お姉ちゃんの目 変な色だね」


ああ うん カラコンだからね。

其れより ねぇ どういう意味?

飴は咲くの?


そう言うと男の子は

驚いた顔をして

其れから笑った。


「飴が咲かないなんて話 聞いた事ある?」


そりゃ まぁ 無いよ。

咲かないとも聞かないし

咲いたとも聞かないけど。


「誰も 本当の本当の事には 興味が無いからね」


其処で男の子は体をずらすと

鉛色の席の 一番深い場所 に座った。

やっぱり手がベタベタなのでハンカチを渡した。


「お姉ちゃんの目は 灰色だね」


うん そうだね。


「でもお姉ちゃんの目が灰色なんて

 本当はお姉ちゃんは知らないんだ」


どういうこと?


「お姉ちゃんの周りの人達は そう言うよ。

 お姉ちゃんの目が見えてるからね。

 周りの人達が 灰色だと そう言うから

 お姉ちゃんの目は灰色になるんだ」


よくわかんないな。


「でも 本当の本当は 違う色なんだよ」




其れ以上

男の子は

飴の話も

目の話も

しなかった。








ガタンゴトン。




静寂だな。




ガタンゴトン。




窓に 一瞬 光。








「ああ 僕は種を蒔かないと」




不意に男の子が言った。

小さな窓を開けて手を伸ばすと

手の平から沢山の飴の破片を蒔いた。


私はもう何も言わなかった。

静かに其の風景を眺める事にした。

男の子が飴の破片を空に蒔く度に

其れ等は風に乗って飛ばされたり

すぐに落ちたり

日光に照らされて輝いたりもした。




ああ 是だったのか。




男の子が言った言葉の意味が

まだ私には理解出来なかったけれど

私が座席から幾度か見た光が何だったのか

其れだけは ちょっとだけれど解った気がした。


「ああ 飴が無くなっちゃった」


錆びた鉛色の席の上に座り

男の子は残念そうに言った。

私は笑った。




ガタンゴトン。




床に落ちたハンカチを拾うと

私は男の子の手の平を拭いた。

ほら

そんな鉛色の席に座ってないで

あっちの車両の綺麗な席に座ろう。


するとやっぱり男の子は

驚いた顔をして

其れから笑った。


「此の座席が 鉛色 に見えるの?」


溜息まじりだけれど

私も笑った。

窓の外を眺めた。

灰色も

鉛色も

きっと男の子にとっては違う色だ。
























本当の本当の色は?
























ねぇ君の名前は?


問おうとして振り返ると


男の子はもう居なかった。


小さな窓は大きく開けられた侭で


其の傍で飴の袋が風に揺れて居た。


其れから煙草の焦跡と吸殻。


車掌のアナウンス。

























「銀座 終着駅 銀座」
























私は吸殻を拾い上げると


其の焦跡を愛しく撫でた。


何故だか泣いて居た。


飴の袋を手に取ると


吸殻を入れて


其れを窓から飛ばし


そして窓を 閉めた。




ガタンゴトン。




どうして私が此の電車に乗ったのか


何となくだけれど思い出した。


大した理由じゃない。




ガタンゴトン。




車輪の音はやがて緩やかに成り


やがて穏やかに成り


終息する。








大量の空気音。








乗降扉が開く。








ああ 銀座か。


































オムライスでも食べに行こうか。

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