■あ行
駅にまつわる物語 2




ガタンゴトンと電車に揺られた。

少し遠くを電信柱が通り過ぎる。

一本、二本、三本。

すぐに数えるのが面倒になった。


鞄から口紅を取り出そうとして

やっぱり止めた。

煙草を吸いたくなったけれど

此処じゃ吸えない。


車内アナウンス。


神田を思い出した。

中学時代の同級生だ。

神田は天然パーマだった。


神田の口癖は何だったっけ。

卑屈な口癖だった気がする。

どうせ俺なんて。

そう、其れだ。


「どうせ俺なんて」


神田が最初にそう言ったのは

確か中学2年生の球技大会の日だ。

神田はバスケットボールに出る予定だった。


もともと神田は

白衣の理科教師と妙に仲良しとか

給食の時間が嫌いで仕方無いとか

カメラのカタログを妙に集めてるとか

まぁそういうタイプの人間だったから

バスケットボールには不向きだった。


残り時間が数秒の時に

神田が決めれば勝ったはずの

とても簡単なシュートを神田は外した。

ただ其れだけの事だ。


ただ其れだけの事を

中学時代の私や私達は

世界の全てみたく思ってた。


同級生は神田を責めた。

神田は何も言わなかった。

神田はずっと練習をしてた。

放課後、公園で練習してた。

本当は私は其れを知ってた。


給食時間に神田は居なかった。

男子が話してるのを聞くと

ずっとトイレに居たらしくて

私達は笑った。


神田は理科が得意だった。

だから実験の授業が得意だった。

二酸化マンガンの実験をした時に

神田があまりにも手際よく作業するので

同じ班だった私は何もしなくて良かった。


神田にとっては

其れは世界の全てだったのだろうし

私や私達にとっては

其れは本当にどうでも良い事だった。

其れだけの事だ。


だから神田が実験で張り切る度に

私や私達は神田を影で笑った。

そして神田は実験をしなくなった。


「どうせ俺なんて」




ガタンゴトンと電車に揺られた。

少し遠くを電信柱が通り過ぎる。

四本、五本、六本。

すぐに数えるのが面倒になった。


通り過ぎる電信柱を数える行為に

どれだけの意味があると言うのか。

其れ等は通り過ぎた認識だけを残して

記憶とも呼べぬような場所で息を潜めて居る。


高校生になってからも

神田の姿はよく見かけた。

別の高校に進学したけれど

私と神田はバイト先が近かった。

終わる時間も近かったから

よく同じ電車に乗った。


帰りに一度だけ話した。

駅で定期券を無くした時だ。

改札で定期券を探して居ると

神田が私に話し掛けてきた。


神田は事情を察すると

すぐに駅員を呼び

事情を説明してくれた。

定期券が見付かった場合の事や

今日は其のまま改札を出ても良い事を

神田は傍で私に丁寧に説明してくれた。


二人で駅のベンチに座った。

夜も遅くて駅は静かだった。

神田は何も言わなかった。

私はお礼を言った。


どうしてこんな時間まで

バイトをしてるのかと訊くと

神田は少しだけ笑った。

君もそうでしょと笑った。


私は欲しい服がある事や

お小遣いが足りない事を

何故だか必死に説明した。


すると神田はやっぱり笑って

鞄の中から何かを取り出した。

カメラのカタログだった。


カメラが欲しくてね



神田は小さく言った。


山のようなカタログ。

ライカ。

ライカ。

ライカ。


見てみたいんだよ全てを。

見たら残したくなるんだ。

皆は忘れてしまうけどね。


神田がそう言ったので

私は照れもせず言った。

じゃあ何時か私を撮ってよ。

するとやっぱり神田は言った。


いいや俺なんて。


どうしてそんな事を言うのかと

私は神田を叱りそうになって

其処で言うのをやめた。


神田の大切だったモノを

沢山奪ってしまったのは

きっと私達だった。


ごめんなさい。

思わず言いそうになった時

神田が小さく笑って言った。




「わかった、撮らせてよ、何時か」




ガタンゴトンと電車に揺られた。

少し遠くを電信柱が通り過ぎる。

七本、八本、九本。

すぐに数えるのが面倒になった。


数えるのが面倒にはなるけれど

何一つ忘れる気なんてないのよ。

なのに大切な事を、毎日、毎日

気付かない間にきっと忘れてる。




神田は、突然、消えた。




手にカメラを握ってたと

同級生からの噂で聞いた。

ライカ。


神田。

アンタ最後に何を観て

何を残したんだろうね。

シャッターは押せた?


神田。

アンタのカメラが在れば

何一つ忘れずに居られるかなぁ。

鮮明な侭で飾っておけるかなぁ。


神田。

アンタが今の私を見たら

何と言うのだろうね。

撮ってくれるかなぁ。


どうせ俺なんて?


きっと違うよね。


アンタはアンタのカメラを持って


世界をちょっと撮りすぎただけよ。


アンタは最後に私をちゃんと撮った。


そうしてアンタが残した写真の中で


私は今も此処で、只、動けずに居るだけ。




思い出したのは車内アナウンスのせいね。




さ、神田で降りましょうか。

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