■あ行
オムライス




「自分の言葉で話して」と、君は最後に言いました。

それで僕はもう、他の誰のモノでも無い僕だけの言葉を探して此処まで来た訳だけれど、
考えてみるに誰もが持ち得ぬ唯一無二の、僕だけの為に存在するような言葉なんてのは、
何処にも存在しないって事がよく解った。

何個かの単語を頭の中で組み合わせて誰かに話しかける時、
他の誰のモノでも無い僕だけの言葉で話しかけるのだとしたら、その言語は宇宙人ですら理解出来ないだろう。
そこで僕等は共通認識としての言語を共有し、あまつさえ言語から連想するイメージさえ共有出来るようになった。

だとすれば僕が話した言葉だとか、君が話した言葉だとか、誰かが残した言葉なんてのは、
漠然とした共有空間に浮遊した塵みたいなモンだし、フライパンに附着した落ちない汚れみたいなモンかもしれない。

汚れは汚れに過ぎないし、洗い流してしまう事も可能なはずなのに、
大半の人間が後生大事にしまいこんでる言葉は確かに存在するし、それが唯一無二の言葉なのかと訊ねたら、
まさかそんな筈もなく、誰もが良く似た言葉を知ってるし、同じようにしまいこんでる。

それでも僕が何かを話し続けるのだとしたら、それは何故だと思う?
神経回路を縦横無尽に駆け巡る電気信号が、記憶を経て感覚へ繋がり、
もしも涙が流れるなら、僕は何をするべきだと思う?

「自分の言葉で話して」と、君は最後に言いました。

僕だけの言葉というのが、ずっと僕には解らなかった。
おおよそ灰色に埋め尽くされた世界の中で僕が考え続けたのは、
何処にでも存在するような有り触れた幸せについてだよ。
それでも僕が何かを感じ、何かを聴き、何かを話し続けるならば、
それが有り触れた言葉だとしても、有り触れた言葉を駆使して、有り触れた世界を破壊してやりたいだけなんだ。

 僕の好きな人達が、今日も笑ってるといいな。
 君が笑ってるといいな。

 僕の好きな人が、今日も笑ってるといいな。
 君が笑ってるといいな。

それでも時に僕を思い出して、泣いたりして欲しいなと、思うんだよ。
どうしようも無く切ない気分になって、泣いたりして欲しいなと、思うんだよ。
僕等が共有した記憶が神経回路を縦横無尽に駆け巡り、
切ない気持ちになって泣き喚いたりして欲しいなって考えたりするんだよ。

何もかも忘れて笑って過ごせるならば、
初めから僕等が共有した記憶に意味なんて無かったんじゃないかって思うんだよ。
それで僕は後生大事にしまいこんでる記憶を取り出しては、こんな言葉を吐き出したりしてる。

汚れが附着したフライパンで何かを料理するようなモンだよ。
誰もが想像した事もない奇想天外な料理なんざ作れないかもしれないが、
僕のフライパンは君との記憶を料理するには最高のフライパンで、
僕のオムライスは誰にも真似の出来ないオムライスだと思うよ。

こんな芸当を何年も繰り返してる内に気が付いたんだけど、
もしかしたらこれが僕だけの言葉に他ならないんじゃないか。
有り触れた料理で申し訳ないんだけど、君が泣きたくなるくらいの料理は作れるようになった気はしてるんだ。
まぁ、もしも不味かったら捨ててくれ。

そして君が泣いてくれるなら、もしも君が泣いてくれるなら、
何時の日にか共有した神経回路を切断した現在の果てから、有り触れた世界を破壊するように、
有り触れた記憶を駆使して、有り触れた言葉で、考える。
オムライスみたいな言葉で、また考えるんだ。

 僕の好きな人達が、今日も笑ってるといいな。
 君が笑ってるといいな。

 僕の好きな人達が、今日も笑ってるといいな。
 君が笑ってるといいな。

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