■あ行
アイデンティティ




僕が僕らしいって事は、そんなに偉い事なのか?
君が君らしいって事は、そんなに偉い事なのか?

そりゃ僕にとって、君は君以外には在り得なく、君じゃなきゃ駄目なんだけど、
君が誰にも重ならず被さらない、唯一無二の、神々しい存在じゃなくたって良いと思ってる。
同じく、僕が凡庸な、至極一般大衆的な、何処にでも在るような有り触れた才能を持て余し、
野良犬みたいに闇雲に吠えるだけの、大した値打ちの無い男だとしても、残念ながら僕は僕だ。

君は僕を必要としてくれるだろうかね。
問題は其処で、それで僕は考えずには居られなくなるという訳だ。
空気の抜けたサッカー・ボールを蹴り飛ばす為には、空気注入器が必要なように、
僕が君に触れる為には、どうやらアイデンティティというモンが必要なんだそうだよ。

何処もかしこも、それで埋め尽くされている。
高名な小説家は「誰かの真似をしていてはいけない」と言うし、
高名な写真家は「誰かの真似をしていてはいけない」と言うし、
高名な音楽家は「誰かの真似をしていてはいけない」と言うだろう。
その癖、医者には「これは誰かと同じ病気ですね」なんて言われる始末だ。

他の何者でも無い自分らしい何か、というモノを誰もが見付けるならば、
全世界に60億人。
60億通りのアイデンティティが存在してるって事だよな。

ところが実際、自分らしい事、自分にしか出来ない何か、なんてのは、
眉唾モンの虚しいお題目に過ぎないんだと思うよ。

僕らは、僕らの国は、新しいモノばかり追おうとするし、
誰も知らない、斬新な、新鋭の、目新しいモノばかり見ようとしてる。
一ヶ月前に発売された新曲は中古屋の棚に並ぶだろうし、
一週間前に発売された雑誌はゴミ箱に捨てられる。
昨日のニュースは当然、古い話題だ。

本当の事を教えてくれよ、サリィ。
誰もが知ってる、他愛の無い、何の値打ちも無い事柄の中に、
どれだけ素敵なモンが隠れてたのか、僕には見付ける事さえ出来ないんだ。
それでまた、自分探しを止めようともせず「自分らしく在りたいんだ」なんて事を考えてる。

当たり前の事を、当たり前に出来る人間になりたい。
誰もが知ってる事を、誰もが思ってる事を、当たり前に叫んだら。
例えば君は、僕の声に気付いてくれるかなぁ?

全世界に60億人。
きっと何処かで、誰もが似たような言葉を使ってるけれど。
例えば君は、何処にでも有り触れた、僕の声に気付いてくれるかなぁ?

僕は君が好きなんだ。

自分らしさを求める最終地点で、
伝えたい台詞なんて、きっとそんだけなんだ。
君にも同じように思って欲しいって、願って止まないだけなんだ。

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