常に

安定を求めている。

なのに

変化を求めている。



日々君と

抱き合う。

日々僕は

落ち着く。



だが

此の侭で止まってしまうのは

怖い。



何の危険も無い。

何の刺激も無い。

例えば波の無い海を渡るような。

例えば空き缶が積み上がるだけのような。

そんな毎日。



何時か僕は

何かしたい。

何時か僕は

変化したい。



だが

未知の何かを求めるのは

怖い。



死んだように。

生きるように。



君はどうだった。

君は生きていた。



生命と言う名で揶揄される

慄然たる其の存在と

肉体や精神と言う名で揶揄される

君と言う名の、君の存在の全てで

イキていた。




4月の最後の日。




4月30日。












春の話 『火』










快晴。



ようやく雪溶けに馴染んだ靴。

ようやく雪溶けに馴染んだ道。

ようやく雪溶けに馴染んだ草。



久し振りの外出。



歩きながら煙草を取り出す。

火を点けると浅く吸い込む。

煙を吐き出しながら

空を見上げた。



広く澄み渡る青に

実に健康的な青に

僕が吐き出す疲れた白は

実に不釣合いだった。



しばらく歩いていると、大きな建物が見えた。



至極現代的な建築法の大きな建物。

周りの建物より自己主張の強い建物。

舞台や音響や照明の設備が整った建物。

其の建物で催されるファッションショー。

其処に君が、居る。



僕は煙草を指で弾くと

地面に落ちた吸い骸を

足で力強く、踏んだ。



君は何時も仕事で忙しそうで

僕は部屋で待つだけの生活で

だけれど抱き合えば満足して。



最近はファッションショーの準備で

君は更に忙しくなったけれど

あまりゆっくり会えないけれど

会えばまた抱き合えるのだから

其の生活にも別に満足して。



外を出歩くのは、苦手だった。




安定を望む力



変化を望む力。




入り口でチケットを渡すと建物内に入る。

浅く混雑しているロビー。

人ゴミという程の混雑では無い。

浅く混雑しているロビー。



備え付けのソファは何処も空いてない。

辺りは着飾った大勢の人間の会話の雑音。

最近注目のミラノの新鋭女性デザイナー。

彼女の作品を見る為に、多くの人間が集まって居る。



其の話題にはあまり興味が無かった。

只、僕は、君の姿が見たかった。



何時も疲労と雑音を連れて

僕の部屋に帰ってくる

君の姿が。



君の、満足感



僕の、焦燥感。



其れ等に原因が

もしも在るなら

見てみたかった。



まだ開演まで少し時間が有った。

建物の中を、特に宛もなく歩く。

辺りは依然、着飾った会話達の雑音。



新鋭女性デザイナーの作品。

其の価値の、其の様々な事前評価。

別にどうでも良かった。




大きな扉。




目前に大きく重そうな扉が在った。

此の扉を開けば君の居る会場が拡がるはず。



扉の前に立ち尽くす。

無意味に何度も時計を見る。

再び煙草を取り出して、火を点ける。




安定を望む力



変化を望む力。




先刻から頭の中を

ノイズのように響く、言葉が在る。




安定を望む力



変化を望む力。




深く煙を吸い込むと

ゆっくり吐き出した。



薄茶色のレンガの壁に

疲れた煙を吐き出すと

満更でも無い気がした。



先日。

ずっと仕事が忙しいからか

最近の君は体調が優れない。

なのに久々に会った君は笑ってた。

実に嬉しそうに、僕にチケットを手渡した。



君が連れてくる疲労と雑音は。

其の意味は一体何なんだろう。




安定を望む力



変化を望む力。




僕は何時までだって

君とまた抱き合って

安心して生きてって。

だけど

其れだけで良いのだろうか。



僕は変化したい。

君も僕も知らない

何かに変化したい。

だけれど

どうすれば良いのだろうか。














怖い。














気が付くとロビーの雑音は消えて居た。

会話していた人々は居なくなった。



時計を見る。

君に、会いに行く時間。



水の注がれた灰皿に投げ込むと

煙草は音を立てて消えていった。



大きく重い扉に両手をかける。

少し力を入れて引く。

遅く扉が開く。










静寂。










会場は薄く暗く

実に静寂だった。

先刻までの雑音が嘘のように

人々は皆、無口で座って居た。



座席群の中央を

まるで海を割るように

高々とした舞台が通って居た。



時計は少しだけ、時間を過ぎて居る。



不意に

何処からか

静かな音楽が聴こえた。


舞台の奥からゆっくりと

4人の女性が歩き始めた。




空気が変わった。




辺りは未だ薄暗い侭だが


彼女達には光が照らされた。


白い衣装を身に付けた姿で。


背筋を伸ばし、ゆっくり歩く。


只、ゆっくり、ゆっくり、歩く。


視線は常に一点を見詰めているような。


不思議な歩き方だった。






静かな音楽。



広く薄く暗い場所。



其の中央に高々とした舞台。



其の上を奇妙に歩く4人の女性。



ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。






此の侭


時間が


止まる


ような


カンカク。














怖い。














不意に会場を出てしまいたい衝動に駆られた。














怖い。














瞬間。

重く低い音。

激しく照明。

其れ等が突然炸裂した。



全てが、突然、変化した。



重低音を響かせ音が鳴り響く。

併せて照明が激しく変化する。

会場の全部の空気が急激に騰がる。



速いリズム。

重いリズム。

熱いリズム。



4人の女性が白い衣装を脱ぎ捨てる。

各々に其々の斬新な衣装を晒し出す。

そして実に豊かな表情で歩き始めた。



更に舞台の奥からは

新しい衣装を着た女性達。

次々と様々な演出を見せる。



重く低く。

速く熱く。

激しい音。

激しい光。

其の奥に。


























君が居た。


























君は背を伸ばし顔を上げ


凛とした視線を見せると


静かに力強く歩き始めた。




大きく手を広げた。


衣装が風に靡いた。




激しい音に合わせて


呼吸した。




激しい光の真ん中で


存在した。




生命と言う名で揶揄される


慄然たる其の存在と


肉体や精神と言う名で揶揄される


君と言う名の、君の存在の全てで


生きていた。






君は


君で在って


君では無く


其れは例えば


何時も僕の中で喘いでいる


アノ君とはまるで違う君だった。






君は


僕の


目の


前で


まざまざと


そう、まざまざと


イキている姿を見せた。
















深く深く深く深く深く深く深く深く



深く深く深く深く深く深く深く深く



深く深く深く深く深く深く深く深く



呼吸しながら。
















重く低く


速く熱く


激しい音





激しい光











君は僕の前を通り過ぎた。






嫌だ。



僕もイキたい。



一緒に其処へ。



僕もイキたい。



連れてってよ。






君は舞台の上。



僕は客席の下。



此の厳然たる現実。



見る側と見させる側。



与える側と与えられる側。



此の厳然たる事実と現実。






嫌だ。



一緒にイキたい。



君の場所がイイ。



一緒にイキたい。



僕も其処がイイ。


































一緒に、イキたい!


































狂ったような

音と光の熱の中で。



やがて

音と光は止み

舞台は終息した。



大勢の歓声と拍手の中

新鋭デザイナーは

恐らく明日からは

有名デザイナーと

呼ばれるようになり。



其れ以外の全ては

恐らく何事も無かったように

再び元の日常に戻るだろう。










常に


安定を求めている。


なのに


変化を求めている。




僕は臆病なだけかもしれない。




君を抱く事で


火を付けた気になって。


すぐに消えるような火を。




頭の中のノイズは晴れず


未だに安定と変化さえも


選べずに居る。




僕は煙草を取り出し


火を点けようとして


其処で止めた。










咥えた煙草を道に捨てると




只、黙って火を点けてみた。
















シ月の最後のヒ。
















シ月の最後に、君がイキていた、ヒ。






























4月30日の出来事だ。



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