■は行
パントマイム刑事 後編




午後になって人通りも増えた駅前で事件は起きた。
デパートの屋上から女性が飛び降りようとして居た。
すぐに野次馬が集まり、路地は埋め尽くされた。

通報が入ったのはPM3:04。
小林刑事は飲みかけの缶ナタ・デ・ココを置き去りにし
黒いコートを片手にパトカーへ乗り込んだ。

短髪の彼に冬の風が厳しく、吹き付けた。






『パントマイム刑事』

後編:"The Secondary Love will Finally save YOU."
    (人民からの愛情が最終的に汝を救うだろう)






現場に着くと予想以上の人だかりができて居た。
警官隊が整備してもあまり効果は無い。

小林刑事は人をかき分けながら屋上に目を向けた。
下から仰ぎ見える女性はまだ若い風貌をして居る。
野次馬がざわめいて居た。


「一体何が原因でこんな事をするのかね」


小林刑事は屋上へ急いだ。
エレベーターも無いような古い三階建てのデパート。
今時デパートとも呼べないような作りだ。

だが
是が人が死ぬ『高さ』なのだ。
此の『高さ』で人は死ぬのだ。

階段を上がりながら小林刑事の足は重くなった。
自分が死に向かう錯覚を覚えたからだ。

胃腸が内側から彼を叩いた。
其れでも彼は階段を上るしかなかった。
軽い吐き気がした。

明るい日差しが真上から差して屋上に着くと
まず始めに逆光の黒い影が目に入った。
若い女性が其の奥の金網越しに見える。
黒い影は黙ったまま動かない。

黒い影。

パントマイム刑事だ。

彼は誰よりも早く女性の元へ辿り着いて居たのだ。
小林刑事は汗を拭いながら次の行動を凝っと待った。

不意に女性が叫んだ。


「所詮この世に愛なんて存在しないのよ!」


気が付くと雪が降りだして居る。


「あんなに愛したあの男も結局は居なくなったわ!」


パントマイム刑事は黙って居る。


「嘘よ!全部嘘だわ!これは夢なのよ!」


女性が上体を動かした。
錆びた金網から手を離した。
涙で濡れていた筈の肌も乾いて居る。

飛び降りてしまう!

小林刑事が声を発しようとした瞬間の出来事だった。
パントマイム刑事が、ゆっくりと、ゆっくりと動いた。





其れはパントマイムだった。





パントマイム刑事が『恋人』のパントマイムを始めた。

そう、恐らく此の女性の別れた恋人のパントマイムだ。


無論パントマイム刑事が恋人の事を知る筈は無い。

しかし間違いなく其の恋人だと思わせるテクニック。

小林刑事にも、何故二人が出逢い別れたのかが伝わる。


二人が過ごした甘い時間と寂しい時間が再現される。

慈しみや憎しみの感情の記憶を再現させていく。

小林刑事の脳にも其れが『体験』として記録されていく。


今、此の時間は、作り物で在って、作り物では無い。

小林刑事の胃腸が再び絞りつけられた。

重く激しく痛み始めた。


何時しか小林刑事はこのパントマイムの中で

此の恋人を愛し、そして憎み始めて居たのだ。



続いて死の衝動が彼を突き抜けた。



先ほどとは異質の嘔吐感と脱力感。



耐えきれない程の孤独感。



衝動的に彼は金網を越えようと走り出そうとした。



女性が叫んだ台詞と同質の台詞が脳内を駆けずりまわる。



これは夢だ。



これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ
これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ
これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ
これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ
これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ
これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ
これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ
これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ。








「これは夢だ!!」








顔を上げると、其処にはパントマイム刑事が見えた。



只、優しく微笑んでいた。



安堵感。



静寂。






金網の向こうで女性は泣いて居た。
此処に居る恋人は、本物では無い。
別人だ。

しかし本物だと思い込み女性は泣いて居た。
二度と逢えないと感じていたはずの恋人に
再びこうして逢えて死ぬ気も失せたようだ。

喩え其れが思い込みでも。

雪は止まずに降り続いて。



『無いモノを在るように見せる』



其れがパントマイムだ。



もしかすると現実も、また。

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