■は行
白昼バス(後編)




世界の始まりとか

世界の終わりとか

世界の果てとか

其れから

世界の中心とか

そんな事はどうだって良い。


僕は。

嗚呼、僕は。

僕は何処に身を置けば良いだろう。

僕は何処に辿り着けば良いだろう。

僕は何処に眠り就けば良いだろう。

僕は何処に行けば

僕は何処まで行けば

触れたいモノに触れられるだろう。

柔らかいユメを観められるだろう。


此処が何処かだなんて、本当にどうだって良い。

何処へ行けば僕は安らげるのか。

其れだけ、教えてくれ。








『白昼バス』 (後編)








信号が青から赤になると

下校バスは静かに止まり

信号が赤から青に変わると

下校バスは再び走り始めた。


其れを何度でも繰り返す。


僕等は其の中で

各々の行動をする。

会話を交したり

広告を眺めたり

風景を眺めたり。


おおよそ其れが自由なのだと

此処では其れが自由なのだと

寒く固く狭い此の空間では

其れが最善の選択なのだと

信じ込むように

各々の行動をする。


僕は身を動かして

妙に重くて固い窓を開けたのだけれど

冷たい風が不機嫌に流れてくるだけで

此処から出られるはずも無く。

出たところで何かをしたい訳でも無く。


やけに低い天井を眺めた。

だけど手は届かなかった。


倫子の後姿を眺めた。

十歩も無い程の距離。

其れは天井に似てる。


倫子の側に置かれた赤い傘が

冷たい床に雨露を滴らせて居た。

其れは朝露に濡れた赤い蕾のようで

其の花が咲いたなら綺麗だろうにと

僕は考えた。


だけれどやはり其れは

何処に根を張る事も無い

何処に種を撒く事も無い

単なる、赤い傘だった。


やがて大きな市道に出て

何個かの歩道橋と信号を越えて

何個かのコンビニエンス・ストアと

何個かの歩道の自転車やら電信柱やら

何個かの老人やら大人やら子供やらを、越えた。


倫子は窓の外を眺めて

僕は倫子の後姿を眺めた。

エンジン音だけが不細工に響いた。


不意に

或る場所で

倫子は目を逸らした。


目を逸らし首を横に向けた。

其の場所は普段なら

僕も目を逸らす場所だった。


だけれど今の僕は

倫子を眺めて居た。


倫子は

首を横に向け

目を逸らして

足元の赤い傘を

観るような

観ないような

観えてないような

仕草をし

其れから

少しだけ

後を観た。




(雨音は、或いは其れは、ほんの少しだけ、衝突音にも似て居る)




少しの間

本当に少しの間

僕と倫子は目が合った。


其れはあの日以来で

最後の手紙の日以来で

最後の手紙の日の廊下以来で

そして

只、其れだけの事だった。


下校バスは

何の躊躇も無く

何の容赦も無く

身勝手な程に

其の場所を走り抜けた。

花弁が、揺れた。


大きな流れが許さぬ時

僕等には何も出来ない。


大きな流れが許さぬ時

逆らう事さえ出来ない。


無防備を無慈悲に喰い尽し

無邪気な子供達を踏み潰し

一方的に奪い去る者が居ては

一方的に奪われ続ける者が居る。


感覚から

記憶まで。


何処で止めれば良い。

問い続けるけれど答えは響かない。

微かに観えるのに答えは届かない。

天井と同じだ。


やがて最後の大きな停留所に着いた。

全ての生徒が、其処でバスを降りた。

倫子もバスを降りた。


僕には、手も、足も、声も在った。

其れは本当に低い天井だった。

すぐ近くに在った。


だけれど

立ち上がる事も

声を挙げる事も

僕には出来たけれど

見上げた天井を触れる事に関して

僕にはどうする事も出来なかった。

降車扉は閉った。




僕はバスを降りなかった。

最後部に僕を乗せたまま

白昼バスは走り始めた。


行く先も

戻る先も

無いまま。


誰も居なくなった白昼バスの中で

其の最後部で、僕は、眺めた。

白昼バスが走る世界を。

白昼バスが僕を乗せて走る世界を。

白昼バスは僕を乗せて走り行き、全ては流れ往く。


だけれど僕にとって

其れは

止まったままの僕の周囲を

沢山の風景が

沢山の建物が

沢山の人間が

一方的に

慌ただしく流れ往くようにしか

まるで感じられない。


止まったままの僕は

僕を乗せて止まったままのバスは

確かに流れ往く世界の中心に存在するだろう。


だけれど。


世界の始まりとか

世界の終わりとか

世界の果てとか

其れから

世界の中心とか

そんな事はどうだって良かった。


僕は。

嗚呼、僕は。

僕は何処に身を置けば良いだろう。

僕は何処に辿り着けば良いだろう。

僕は何処に眠り就けば良いだろう。

僕は何処に行けば

僕は何処まで行けば

触れたいモノに触れられるだろう。

柔らかいユメを観められるだろう。


此処が何処かだなんて、本当にどうだって良い。

何処へ行けば僕は安らげるのか。

何処へ行けば僕は許されるのか。


目を閉じて

口を紡いで

耳を澄ませる 。


穏やかなエンジンの音。

緩やかなエンジンの熱。


振動。

沈黙。

惰性。


彼女を考えた。

彼女の指先を考えた。

離れる瞬間の中指を考えた。


倫子を考えた。

倫子の唇付を考えた。

触れた瞬間の表情を考えた。


彼女を考えた。

彼女の裸体を考えた。

淫靡な喘声を考えた。


倫子を考えた。

倫子の乳房を考えた。

柔和な感触を考えた。




徹底的な自己。




走り続けるバスの中で

誰も居ないバスの中で

彼女と倫子の其れ等を想い

僕は、マスターベーションをした。


其れは衝動的に宛の無いセイシだった。

其れは絶望的に宛の無いセイシだった。


徹底的な自己愛撫。

徹底的な自己欲求。


僕はイかなければならなかった。

決して誰の為でも無く

僕はイかなければならなかった。


窓の外を様々な風景が流れ往った。

僕は、僕自身を突き動かし続けた。


やがて訪れるだろう絶頂の瞬間に

何が観えるかだなんて解からない。


世界の始まりとか

世界の終わりとか

世界の果てとか

其れから

世界の中心とか

そんな事はどうだって良かった。

本当に、本当に、そんな事はどうだって良い。


走り続けるバスの中で

誰も居ないバスの中で

僕は僕を突き動かした。


窓の外を様々な風景が流れ往った。

僕は僕を突き動かし続けた。


鼓動は速くなり

感覚は鋭くなり

得体の知れぬ何かが込み上げる。


込み上げる。

込み上げる。

嗚呼、イキたい。


其れは既に、僕の為のセイシだった。

突き動かし続ける自身の果てに

唯、僕は僕を絶頂に導くだろう。


天井の上に空が在るなら

届かなくても良い。

問いたい。




































倫子、其の瞬間、君は笑っているか?




































其れだけ、教えてくれ。
























(沈黙と、惰性の、白昼夢の跡で)

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