■か行
彼女の珈琲




錆びた赤レンガ造りのね

朝の喫茶店でだよ。


淹れ立ての珈琲だとかに

焼き立ての数枚のクッキーを添えてね

笑顔で差し出しながら

紺のカーディガンなんかを羽織った彼女が

僕に言う訳。


「おはよう、目覚めはいかが?」


まぁ、もっとも僕は珈琲嫌いだし

今は夏だから、紺のカーディガンなんて

暑くて仕方ないんだけど。


そうだね、そう、季節は秋。

もうすぐ雪が降り始めそうな、秋だよ。

そういう季節という事にして、話を聞いてくれ。


彼女の紺のカーディガンの奥からは

洗い立ての真っ白なシャツが見えてる。

長い髪は器用に結われてる。


スカートに付いた埃をパパっと手で払って

それから少しだけコチラを見て

ニコリと笑って

テーブルの上を片付けてる。


そうしたら僕はもう

彼女の事が気になって仕方がなくなっちゃう。


珈琲一杯で何時間も粘るのは、ちょっと格好悪いから

嫌いな珈琲、もう一杯頼むよ。

帰りはしない。


また日を改めて、珈琲を飲みに来りゃ良いんだけど

きっとその方が、ずっと居座るより格好良いんだけど

僕はやっぱり、嫌いな珈琲、もう一杯頼むよ。


この「嫌いな珈琲を二杯も飲む」という部分に

僕の好意を知って欲しい訳なんだけど

彼女はまったく気付かない。

こんなに頑張って飲んでるのに、まったく気付かない。


だって彼女は今日にも雪が降るのか

それともまだ降らないのか

きっとそんな事ばかり考えてるんだ。


僕も雪が好きだからさ

同じ事を考えてる。


珈琲が湯気を立てるから

僕等はすごく静かな喫茶店で

何を交わす事も無く、同じ事を考えてる。


彼女が紺のカーディガンを脱いで

器用に結った長い髪を解いて

ピンクのミニ・スカートなんか履いたら

きっとすごく素敵なんだろうけど

きっとそうなった時には

きっと彼女は、彼女の恋人の事を考えるだろう。


だけど少なくとも今は

僕はそんな心配をする必要もなくて。


だって彼女は今日にも雪が降るのか

それともまだ降らないのか

きっとそんな事ばかり考えてるんだ。


僕も雪が好きだからさ

同じ事を考えてる。


珈琲が湯気を立てるから

僕等はすごく静かな喫茶店で

何を交わす事も無く、同じ事を考えてる。


そしてまた、大嫌いな珈琲、もう一杯頼むんだ。

小さく「おえっ」とか言いながら、もう一杯頼むんだ。


例えば、珈琲を五杯飲んだら

デート一回の権利付きなんて

そんなの別に何処にも書いてないんだけど。


そう信じる事にして

あと二杯は頑張ろう。


そんな僕の気持ちを、知ってか知らずか

彼女は僕に話しかけるんだ。



「お客さん、もう閉店よ」



珈琲なんて大嫌いだ。


僕は彼女が大好きだ。

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