■か行
ガッシュキラキラ




世間はキラキラしてる。

もうすぐクリスマスだってのに

私達には何てゆーか

余裕というか予定というか

ドキドキしてワクワクするような

要するに、そう、予感ってモンがない。



世間はキラキラしてる。

街灯に飾られた電飾とか

店頭に置かれた贈物とか

赤とか白とか金とか銀とか

あと緑とか

そういう色で代弁される雰囲気の真ん中で

小太りのじいさんが大きな袋を抱えて笑ってる。



世間はキラキラしてる。

もうすぐクリスマスだってのに

今日も学校の課題に追われてます。

そのくせ当日のスケジュールは空っぽで

どうせ一人ならとバイトをする事にした。

クリスマスケーキを売るバイトだ。

ベタだ。

別にいいじゃん。



世間はキラキラしてる。

私に関係ない場所でキラキラしてる。

キラキラしてるのを横目で眺めてる。

例えるなら何てゆーか

そうだなぁ

フレンチクルーラーに対するオールドファッション。



いや違うな。



とにかく私は

当日オシャレをする予定も無ければ

誰かのプレゼントに悩む必要も無い。

ひたすらに売るのだ、ケーキを。

ベタだけど。

いいじゃん。






キラキラしてる何かに対して。


私達がする事は二つだ。


眺めるか、欲しがるか。


あ、それからもう一つ。


諦めるか。












『ガッシュキラキラ』












「お前、ケーキ売んの?」



突然、タダオが話しかけてきた。

コッチは本日の課題に追われながら

忙しく乙女の思想にふけってるというのに。




「あ!そこ手つかないでよ!ガッシュ渇いてないんだから!」


「うっそ!マジで!」


「あぁあぁあぁあ!アンタ!タダオ!」




時すでに遅く。

タダオは塗ったばかりの

赤のアクリルガッシュの上に手を置いた。

ほんとコイツだけはありえない。


ガッシュってのは速乾性のある絵の具だから

すぐに乾くし、重ね塗りにも向いてる。

私の好きな絵の具だ。



「血!見ろよミサエ!血だ!血が!」


「ガッシュだよ、ただの」


「お前は何でそういう事を早く言わないんだ!」


「言ったじゃん。

 てゆーかアンタ、コレ提出、5時なんだけど」




タダオが手をついた部分は

べったりと手形がついてる。

タダオは白い模造紙に手形を押してる。




「おすもうさんみたいでしょ」


「いや、知らんけど」


「5時までって、あと30分しかないじゃん」


「そう、だからアンタと遊んでる時間は無いんです」


「よし、俺が手伝ってやろう、手形つけたお詫びだ」


「え、いいよ、別にそんな」


「いいから」




タダオは私の声を遮って絵筆を持つと

何色かのガッシュをパレットに出した。

人の話を聞かない奴だ。




「ココは何色?」


「えっと…ソコは白かな」


「オッケィ」




タダオは器用に色を塗る。

こう見えてタダオは絵が巧い。

ウチの学校でも飛び抜けて巧い。



タダオは素直な線を引く。

タダオは素直な色を塗る。

タダオの描く絵は好きだった。



タダオの絵はキラキラしてる。

本人はこんな調子なんだけど

タダオの絵はキラキラしてる。

時々どうしようもなく、触れたくなる。



「タダオ、アンタ、手、パリパリ」



さっき付けたばかりの

赤のガッシュが乾いて

赤い細かい粉が紙の上に零れた。



「ああ、ガッシュって乾くの早ぇからなぁ」


「ちょっ…アンタそれなんとかしなさいよ」


「なんとかって言われてもなぁ…ドンマイ!」


「ドンマイの意味がわかんない」



タダオが自分の手の平を眺めながら笑った。

左手の指先で何度か擦ったり掻いたりした。

それからまた素直に笑った。



「よし、じゃ引き続きバリバリ塗りますか!」


「あ!そこ手つかないでよ!塗ったばっか!」


「うっそ!マジで!」


「あぁあぁあぁあ!アンタ!タダオ!」




2回目。

時すでに遅し。

タダオは私が塗ったばかりの

白のアクリルガッシュの上に手を付いた。




「ありえない…」


「ですよね」


「てゆーかね

 色を塗った紙をペタペタ触るとか

 なんてゆーか絵描きとしてありえない」


「ドンマイ!気にすんな!」


「いや、気にしろよ!」


「ドンマイ!人はそうやって成長するんだ!

 俺もそうだった!ミサエ!ドンマイ!」


「いや、アンタがね」






世間はキラキラしてる。

もうすぐクリスマスだってのに

私達には何てゆーか

余裕というか予定というか

ドキドキしてワクワクするような

要するに、そう、予感ってモンがない。



何の予感?

例えば幸せになる予感だとか。

具体的に言うならそうだなぁ。

宝くじに当たる予感とか?



いやそんなんじゃなくて

多分、もっと、こう、身近な。

手軽なようで、手軽じゃない。

そんな予感。






そう、例えば、恋の予感。






「タダオ!最後ソコ、緑だよ!」






世間はキラキラしてる。


キラキラしてる何かに対して。


私達がする事は二つだ。


眺めるか、欲しがるか。


あ、それからもう一つ。


諦めるか。




だけれど覚えておいても

少しも損のない事実がある。

諦める前に知っておかなくちゃ。



私達は積み重ねてる。

色を塗るように積み重ねてる。

色とりどりの今の中から

たった一色を選んで塗る。

塗った色が積み重なって

やがて予感になる。

そういう事実。










「できた!完成!」


「やったー!おわったー!」


「タダオ!今まだ乾いてないからね!

 間違っても絵に触っちゃダメだよ!」


「え、何が?」


「あぁあぁあぁあ!アンタ!タダオ!」


「おぉおぉおぉお!オマエ!ミサエ!」




タダオが塗ったばかりの緑色に

そりゃもう思い切り手を置いた。

そりゃもう思い切りだ。




「アンタ!わざとやってるでしょ!」


「うん!」


「うん!?

 アンタもう!何でそんな事するの!

 ああもう5時じゃん!」





私はタダオの手をどかして

手形の付いた絵を取り上げると

急いで色を塗りなおし

タダオも一緒に塗りなおした。




「今度こそ完成!」


「やったー!おわったー!」


「もうダメだからね!次はないからね!」


「もう触らないよ。もう終わったもん」


「てゆーかさっき一回終わったじゃん!」


「だからさっきので終わったんだってば」


「意味わかんない…

 ま、どうでもいいけどさ…

 じゃ、提出してくる!」





私は教室を出ようと席を立った。


するとタダオが後で声を出した。




「な、ミサエ」


「何?」


「見てみ、コレ」




タダオは

3色のガッシュで汚れた手の平を

大きく開いて私に向けた。




赤色。



白色。



緑色。









「クリスマスみたいでしょ?」










世間はキラキラしてる。

まるで他人事のようにキラキラしてる。

私はソコに行きたくてウズウズしてる。

だけど興味の無いフリをしてこう呟く。

世間は、キラキラしてる。



だけど少しだけ違う。

きっと少しだけ違う。

違いはとても簡単だ。

たった一文字。






「それする為にわざと?」




タダオは答えなかった。

その代わりこう言った。




「クリスマス、ケーキ売るんでしょ?」




世間はキラキラしてた。

赤とか白とか金とか銀とか

あと緑とか

そういう色で代弁される雰囲気の真ん中で

小太りのじいさんが大きな袋を抱えて笑ってた。



世間はキラキラしてた。

だけど今はココに

例えば手の平の真ん中に

アクリルガッシュのクリスマスを連れた

私と同じくらいの背丈の奇妙な男の子が立ってる。






「別にいいよ、買いに来ても」


「外で売りまくってんでしょ」


「うっさい」




教室の窓の外。


雪が降ってる。


タダオが笑ってる。


釣られて私も笑う。




「来ても安くはしないけどね」


「うわ、何だよケチ」


「最後まで居ればタダになるかもね」


「仕方ねぇなぁ。最後まで居るよ、俺」


「ケーキ余ったらだけどね」


「どうせ余るよ。最後まで居るよ、俺」


「仕方ないなぁ」


「仕方ねぇなぁ」










例えば何の予感だっけ。


別に何だって良いけど。


とにかく予感は訪れる。


積み重ねた今のあとで。




絵を提出しよう。


教室に戻ったら


タダオにお礼を言おう。


それから何を話そうか。


そうだ。


どのケーキが余ったら嬉しいか、について。




変えよう。


たった一文字。


私は見方を変えよう。


ほら、とても簡単よ。








何処がキラキラしてる?








世界はキラキラしてる。







私達の世界は、キラキラしてる。

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