■か行
蜘蛛とカメレオン




糸を張りながら待ってるのさ。

手を変え 品を変え 身を潜め

誰かが泣いて近付くのをね。

アイツは随分と そうしてきた。


舌を出しながら待ってるのさ。

手を変え 品を変え 色を変え

誰かが笑って近付くのをね。

アイツは随分と そうしてきた。


八本の腕で這い回り アイツは言った。

こんな俺を 誰が好いてくれるものか。

目玉をギョロリと回し アイツは言った。

こんな俺を 誰が好いてくれるものか。


ならば近付くモノは食うよ。

身を潜め 糸を出し 色を着け

騙され近付く馬鹿なモノは

全て食いながら 生きるのさ。




或る日 蝶が言った。




お止めなさい。

命をそんな風に 扱ってはダメよ。

お止めなさい。

命はそんな風に 食べてはダメよ。


蝶は羽を広げて言った。

細かな枝と枝の間を飛び。

羽を広げながら近付いた。


蝶は蜘蛛の糸に架かった。

身動きが取れ無くなった。

どんなに羽を動かしても

もう飛ぶ事は叶わなかった。


ゆっくりと近付く

蜘蛛 と カメレオン。

小さな体 と 八本の腕。

大きな目玉 と 長い舌。

蜘蛛の糸には 一匹の蝶。




こんな俺を 誰が好いてくれる?




蝶は何も言わず

少しも動かなかった。

震えてさえいなかった。

小枝が 揺れていた。


蜘蛛は自分が伸ばした糸に

蝶が囚われた事を少し不憫に思った。

カメレオンは木や葉に同化して

何処かへ消えた。


こうして一度

糸に架かってしまった蝶は

逃げも助けもできない事を

蜘蛛が一番よく知っていた。

糸は切れも離れもできずに

蜘蛛が食うか蝶が死ぬまで

延々と捕え続けるだけだった。


なので蜘蛛は蝶と話をした。


蝶が観てきた花の話を聞いた。

其れから花の蜜の味を聞いた。

其れ等がどれほど綺麗で素敵だったか

蝶は蜘蛛が飽きるまで話した。


そうして 再びこう言った。


お止めなさい。

命をそんな風に 扱ってはダメよ。

お止めなさい。

命はそんな風に 食べてはダメよ。


アナタが食べる誰かを 愛する誰かが居るのよ。

アナタが食べる誰かを 愛する誰かを忘れないで。

やがて何時か アナタにも 愛する誰かができるわ。


木々は静かで

葉々は穏やかだった。

木々と葉々の隙間から

太陽の光が眩しく細く

糸と 蝶と 蜘蛛を 照らしていた。




こんな俺を 誰かが好いてくれるかね?




蜘蛛が言った。

アナタ次第ね。

蝶は薄く笑うだけで

其れ以上は何も言わなかった。


其れから蝶は

蜘蛛に様々な事を教えた。

花は枯れた後に種を生む事。

種は再び綺麗な花を咲かせる事。

其の花の蜜を吸って蝶が生きてきた事。



最後には 種を生みたいわね。



蝶が呟いた。



私の最後は アナタが食べると良いわ。



蜘蛛は黙っていた。



きっと素敵な花の蜜の味がするわ。

だって沢山の花の蜜を吸ってきたんですもの。

アナタにも甘い花の蜜の味を知って欲しいわ。

世の中には そういう味も在るのよ。


蝶は笑った。


こうして一度

糸に架かってしまった蝶は

逃げも助けもできない事を

蜘蛛が一番よく知っていた。

糸は切れも離れもできずに

蜘蛛が食うか蝶が死ぬまで

延々と捕え続けるだけだった。


大きく広げられた蝶の羽は

もう随分と汚れてしまっていた。

飛ぶ事もできず

只 もう衰えていくだけだった。




お食べなさい。

私をお食べなさい。

私は種を生みたいの。

アナタが受け取る種よ。


アナタが私を食べて

其の味を噛み締めるなら

アナタにとっても私にとっても

其れは本当に素敵な種だわ。


どうか私を食べてね。

そして忘れないで。

私が残した味を。




蝶の息は辛そうで

実に柔らかかった。

蜘蛛は愚かな糸を呪った。

だけれど其れ等は今は既に

其のようにできていただけだった。












こんな俺を アンタは好いてくれるかね?












蜘蛛は呟いた。


まだそんな事を言っているの?


そう言うと蝶は楽しそうに笑った。


随分と長い間 楽しそうに笑った。


そうして 蜘蛛を 見た。


眩しそうな目をして 薄く 笑った。
























蝶は 死んだ。
























蜘蛛は 泣いた。



泣きながら 蝶を食べた。



甘い花の蜜の味を 噛み締めた。



泣きながら 食べた。



泣きながら 食べた。



泣きながら 食べた。



決して忘れる事のないだろう 味を。












アナタが食べる誰かを 愛する誰かが居るのよ。

アナタが食べる誰かを 愛する誰かを忘れないで。

やがて何時か アナタにも 愛する誰かができるわ。












蝶の全てを食べ終え


蜘蛛は木々と葉々の


光の零れる隙間から


天を仰いだ。




其れは


あの日のように


蜘蛛の糸を照らしたが


もうあの日と同じでは無かった。









蜘蛛は 唯 泣いていた。









突然 何かが伸びた。



木の陰から何かが伸び



蜘蛛を捕え引き寄せた。



其れはとても深く赤い



カメレオンの舌だった。






蜘蛛は瞬間



静かに笑うと



カメレオンの中へと



そうして消えていった。


















蝶の声は 優しく響いた。


















お止めなさい。





命をそんな風に 扱ってはダメよ。





お止めなさい。





命はそんな風に 食べてはダメよ。

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