■か行
銀河




くんと匂い立つような死だ。

2009年は天才達にとって悲劇的な一年だった。
とりわけロック・スター達の死が僕達に落とした影は大きく、
その鬱蒼とした平べったい影の中で、僕達は居場所を見失ってしまった。
影は広く、深く、終わりなど無いように見えるが、遠くには点々と何個かの光も見える。
僕達は光を(何故だか)追い求めなければならず、追う為に追い続けなければならず、
そう、この大きな影から這い出る為の手段として、小さな光を追い求めた。

昨夜、出口の見えた2009年の終わりに、また一人、ロック・スターが死んだ。
一年前の同じ日に、AV出身の元人気タレントが死んだ事を、僕達は忘れかけていたが、
脳味噌の奥に指を突っ込まれたみたいに、似たような記憶が穿り返されて、こう思った。
悲劇だ。呪われた一年だ。影の中で影を見るような行為だ。死は音も無く近付き、そして――

「自分が何をするべきなのか、解らないような気分にさせる。」

隣で真っ赤なギターを弾きながら、恋人が声を発した。全く意味不明の台詞だった。
恋人は退屈そうに六弦を弾くと、ベッドに転がり、低い天井を見上げた。
明らかに低いのだが、相変わらず手を伸ばしても届きはしない。
天井の向こうに闇は広がっているが、僕達とは関係ない出来事のように思える。

「しかし、それは、すぐそこに在る。」

音の無い――何も無い何かが、佇んでいる。
昨夜のロックスターの死を、僕は恋人からのメールで知った。
言葉に音は無く、色も、熱も無く、僕の感情に意味があったとも思わない。
只、濃厚な死の芳香が、一瞬、僕達を誘った。

意味なんてないよ。
宇宙は広大だ。摂理に抗う事は出来ない。
それでも僕達は光を求め、光を求め続けてきた。
自分に何も出来ない事ではなくて、意味が無い事だけが怖い。
求める事は出来る。しかし求め続けてきた事に、意味が無くなる事は怖い。

「それが君の夢ならば、そんな程度の夢なのよ。」

目覚めて終わる程度の。
死に打ち克つ事の出来ぬ夢なら、何処で終わっても構わない。
僕が死んでも、尚残る何かを、僕は求め続けているのだ。それが僕の――

「君だけが見る夢だわ。」

くんと匂い立つような死だ。
引かれるな。誘われるなよ。光も抜け出せない、重力の闇だ。
今、僕達に出来る事は存在して、意味なんか無くても、確かに存在して。

恋人は起き上がると、再びギターを、今度は優しく奏でた。
小さな声で歌い、僕を見て笑った。
2009年は天才達にとって悲劇的な一年だった。
とりわけロック・スター達の死が僕達に落とした影は大きく、
その鬱蒼とした平べったい影の中で、僕達は居場所を見失ってしまった。
それでも僕達が居場所を追い求める事に変わりは無い。
重力の淵、小さな惑星、その片隅で。

「命は歌う。」

ロック・スターは死んだ。
その事実に対して、僕達に出来る事なんて決まっていて。
要するに恋人は、それに従った。
歌える者は歌い、描ける者は描き、紡げる者は紡ぎ、生きる者は生きる。

生きる者は、生きる。

それで僕は言葉を繋ぎ、この小さな物語を書いている。
真夜中、二時過ぎ、白い息を吐きながら。
銀河の、銀河の、片隅で。

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