■か行
君は吠える為に吠え、話す為に話すのさ。




 世の中が便利になって、思わず厭になった。
 少なくとも情報社会の中で僕達は平等で、呆れ返るほど差異が無い。インスタント・ヌードルでさえ湯を注いで三分、ソイツを過ぎると膨れ上がって食えたモンじゃないが、それを好きだって奴が居る。インスタント・ミュージックで僕の奥底を震え上がらせておくれよ。ところが僕だけのモンじゃ無いんだな、それは。こんな虚しさ、どうせ「理解らないよ、君には」
――「何が?」
 チハラは携帯電話を親指で弄りながら、コチラを向きもせずに短く呟いた。先程から約三分おき、チハラはweb上に自分の行動と感想の報告を欠かさない。(しかも今の僕への呟きより、もっと長いコトバで呟くだろう)小さな親指一つで世界と繋がった気になっているのだろ? 可愛らしく編み上げたチハラの後ろ髪は、恐らく誰の為のモンでも無い。全く何の為にコトバが在るのか解らない。チハラは呟く為に呟き、それは誰とも無い誰かに共有され、世界中に「繋がるもんかよ」
「だから、何が、――」
 近くの噴水が水を噴いて、ああ此処は外だった、と思った。三分に一度、下から水を噴き上げる。勢いよく。無数に。音も無く、在ったとしても聴こえない。興奮だよ、それは。やがて水は勢いを無くし、下から垂れ上がった糸のようになり、呼吸を終えるように完全に止まった。
「さっきから何の話」
 今や世界と繋がるのは簡単で誰にでも出来る事なのさ、チハラ。君がそうであるようにさ。何も特別なコトじゃない。むしろ当たり前すぎて「欠伸が出るよ」、泣けてくるよ。

 僕はさ、何時の日だったか、特別な人間になりたかった。誰にも吐けないコトバを吐いて、誰も届かない   へ飛びたかった。ところが今じゃ誰もが――チハラ、君までもが――自由に飛んでいるのだもの。此処じゃ誰もが平等だよ。誰だって飛べる。「素晴らしいじゃないか」、そう、素晴らしすぎて死にたくなるよ。僕は素晴らしき世界に溶けてしまいそうだし、溶けたところで誰も気付きはしないだろう。全てが平等ということは、君と僕は等価値だということ。居ても居なくても「同じだということ」。チハラ、君にそれが解るかい。それはとても悲しいことだよ。そしてとても優しいことだな。もしも僕が死んでも、君は心を痛める必要が無くなるってことなんだもの。情報社会で全く同じ場所に存在する僕達は、インスタント・ヌードルを同じ硬さで食べるだろう。インスタント・ミュージックは僕と君と、名前も知らぬ誰かのモンだ。だから誰のモンでも無い。チハラは絶えず現在地を報告するが、過去も未来も現在も、僕達は此処に居るだろう。僕達は進みながら止まり、止まりながら進む――「いい加減、何か言えば?」

 携帯電話の画面を閉じて、チハラは僕の顔を見た。妙にマツゲの長い、少し攻撃的な形の目を何度かパチクリさせ、コンタクト・レンズが渇いたのか片目だけ細かく瞬きさせた。それは変な表情だった。まるで無重力帰りみたいな「変な顔」
「は!?」
 再び噴水が、息を吹き返す。
 下から無数の細い水を圧し出す。音も無く。
 それはまるで「興奮だよ」
「……は?」
 君と僕との差異を教えてくれ。そうすれば僕は「生きている」、また生きられる?
 否、初めから生きているが、死んでいる訳でもないが、自分が今、確実に生きている「と、実感できる」
「はっは、」
 チハラは楽しげに笑い、それ以上は、もう何も言わなかった。
 僕は吠える為に吠え、話す為に話し、愚かなほど自分自身の為だけに泣いた。
 誰も代わりは居なかった。それは酷く、愕くほど不便な世界だった。



 何時の日だったか、僕は特別な人間だった。

 僕は、僕以外の何者でも無かった。

 とても誇らしかった。



 気が付くと三分が経って、僕達の世界は間延びしたロック・ミュージックで溢れ返っていた。

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