高広は鉄砲を持って居た。

高広が他人と違ったのは、その一点だけだった。
その他の点で、高広は酷く平凡だった。
有名進学校でも、定時制高校でも、通信制高校でも、
それから工業高校でも、商業高校でもなく、至極一般的な高校に進学した後は、
至極一般的な大学に進学した。

十九歳の始まりに煙草を吸って、十九歳の終わりに童貞を捨てた。
相手は十九歳の途中で出逢った合コン相手の一人だった。
男三人と女三人が安い大衆居酒屋で出逢った。

高広の隣に座った女が、文乃だった。
文乃は別段、美人でもなかったが、不細工でもなかった。
文乃の全身からオーラを発してるのは、胸部に不愉快な英文が書かれたTシャツと、
派手に飾られた携帯電話と、あとは同じく派手に飾られた爪先、
その程度といった具合だった。

とにかく高広の隣に座った女が、文乃だった。
なので高広は、文乃と会話をした。

好きな映画は何かと尋ねられたから「アルマゲドン」と答えた。
すると文乃が喜んだ。
なのでカラオケではエアロスミスを歌った。
気が付くと、文乃と電話番号の交換をして、また会う約束までした。

文乃は別れ際に「高広の歌声はスティーブン・タイラーみたい」と言った。
高広は別れ際に「スティーブン・タイラーって誰だ?」と思った。

そのまま文乃は帰ってしまった。
次に会う時に訊いてみようと、高広は思った。
それとも後から、初めてのメールでも送ってみようか。





第一話 『鉄砲と平凡』



その年の夏の終わり。
高広は「東京湾をキレイにしよう!」という、よく解らないボランティアに参加した。
別に興味は無かったが、大学でたまに話す友人から誘われたので、
その場の勢いで何となく参加する事になった。

東京湾をキレイにしようと言っても、何の事はない。
周辺のゴミ拾いだった。

そこで高広は、鉄砲を拾った。
青色のビニールとガムテープで幾重にも巻かれた物体を、高広は拾った。
午後三時九分の出来事だ。

東京湾で鉄砲を拾うという出来事がベタかどうかは解らないが、
その瞬間の高広は、高広が自分で評価する高広以上に、意外と冷静だった。

「最初はモデルガンだと思った」なんて事も思わなかった。
「これは鉄砲だ」と、まず最初に思った。

何処で覚えたのか知らないが、何かの拍子にそれが暴発してはいけないと思い、
例えばそれをジーパンと腹の間にはさんで、Tシャツで隠すなんて事はしなかった。

まず高広は、拾ったソレを、別の場所に隠した。
巨大なゴミ袋を引きずりながら、
途中でゴミを拾うフリなどをしながら、高広は他人の居ない場所まで歩き、
人目に付かなくなると青色のビニールとガムテームで幾重にも巻かれたソレを、
まず自分のリュックに入れ、それからそのリュックを隠した。

もしも他人にリュックを見付けられても、
その時はそれは自分のリュックだと名乗り出れば良い。
そうして夕方までの時間、高広は至極平凡に、退屈なボランティア作業に集中した。

夏の終わりのくせに、厭に暑かった。
ボランティア団体から支給された、妙に甘いジュースを飲んだ。
飲んだら余計に暑さが増した。

全ての作業が終わったのは、午後六時二四分。
西日が傾いては居るが、まだまだ周囲は明るかった。

他人が全て帰るまで、高広は煙草を吸った。
高広をボランティアに誘った大学の友人が、飯でも食おうと話しかけてきたが、
用事があるからと断った。

用事がある割にはのんびり煙草を吸ってるのも変だと思った。
案の定、大学の友人は高広の隣に座り込んで話し始めた。

「用事?何時から?」

「ボランティアは初めて?どうだった?」

「まだ時間あるなら、軽く飯でも食おうよ」

「次の日曜日にもあるんだけど、どうかな?」

高広は適当に相槌を打ちながら、適当に笑った。
鉄砲があれば、今すぐぶっ放すんだけどな、と思った。
高広は質問を返した。

「今日拾った空缶で、具体的に何人が救われるの?」

大学の友人は少し奇妙な顔をして「さぁ……」と言った。



青い空が徐々に、オレンジ色に侵食されて往く。

オレンジ色は再び、青色に侵食されて、海に還る。

東京湾は青色か?

まぁ、とにかく、海に還る。



午後七時八分。
全ての人間が居なくなると、波音が耳に付くようになった。
高広はゆっくりと立ち上がると、先程リュックを隠した場所に歩いた。

鉄砲はリュックに隠してあるのだから、
全ての人間が居なくなるのを待つ必要も無かったのだが、
この(恐らくは儀式のような)瞬間を、高広は一人で迎えたかったのだ。

周囲に人が居る中を、コソコソとリュックを手にして立ち去るなんて、あまり絵にならない。
鉄砲を手に入れるという行為は、もっと整然として居なくてはいけないのだ。

高広は歩いた。

波音が妙に、耳に付く。

周囲は少しずつ、薄暗くなる。

物陰に潜ませた、リュックが見えた。

高広はしゃがみ込むと、リュックのジッパーを開いた。
ほとんど使いもしない大学ノートだとか、
菓子だとか、今朝買ったばかりの雑誌などに紛れて、
青色のビニールとガムテープで幾重にも巻かれたソレが見えた。

高広はソレを取り出すと、まずガムテープを解いた。
それから幾重にも巻かれた青色のビニールを、実にゆっくりと開いた。
何かの拍子に暴発するかもなんてのは、何処から聞いた情報だったろう。


ゆっくりと。

ゆっくりと。

ゆっくりと。


不意に携帯電話が鳴った。

携帯メールの受信音だった。
エアロスミスの受信音は、文乃からだった。
中途半端に開かれた、青色のソレを地面に置いて
高広はポケットから携帯を取り出すと、メールを見た。

件名に「タイラーへ!」と書かれて居た。
勝手に変なアダナを付けるなよと思って、少し笑った。
それから顔文字だらけの本文を読んだ。
最後に「次の日曜日、会える?」と書かれて居た。

次の日曜日か。
さっき大学の友人が言ってた、次のボランティアを断れば会えるな。
文乃は美人でも不細工でもないが、ボランティアを断る理由にはなる。
そもそもスティーブン・タイラーの謎は、まだ解けてない。
次に会った時に訊こうと思って居たのだ。

「日曜日、会おう」

高広は簡単な返信をした。
それから再び、地面に置かれたままのソレに手を伸ばした。
青色のビニールの残りを開くと、鉛色の物体が、静かに姿を現した。

それは突然、重さを増したように思えた。

午後七時一三分。

高広は鉄砲を持って居た。


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