真っ赤なアレが欲しかった。

中学三年の受験の前に、
面接の練習をするという授業があって、
担任教師から、自分の特技を訊ねられた事がある。

ボクは「作り笑い」と答えた。

正確に答えるならば「作り笑いが上手い事」であるし、
実際に大抵の馬鹿らしい事柄に対しても、ボクは作り笑いが出来た。
ところが担任教師は、こっぴどくボクを叱った。





#6『現在・僕(I Dislike Fake Smiles.)』



「馬鹿だよね、タダオは」

帰り道に、ミサエが言った。

当時のミサエは、同級生のカタギリ君という、
ちょっと頭の良さそうな苗字の男子に片想いをしている最中だった。
その証拠に、その年のクリスマスにも、
カタギリ君の為に、変な犬(当時は流行っていた)の置時計を買った。

そもそも付き合ってる訳でもないのにプレゼントを買ったところで、
普段接点の無いカタギリ君にプレゼントを渡す機会など訪れる訳もなく、
その置時計はミサエの部屋のベッドの枕元に飾られる事となった。

「お前だって馬鹿じゃん」

「何でよ」

「渡せもしないくせにさ」

「何それ」

「変な犬の置時計」

「変な!?」

ミサエは「酷い!」と言うと、少し早足で歩き始めた。
まぁ、それ自体は何時もの事であるし、気にする事でもない。
例のプレゼントの話を持ち出した事は、少しマズかったかもしれない。

ミサエは例のプレゼントを渡せなかった事で、
あれから少しの間、かなり落ち込んだようだったから。

そもそもミサエは、クリスマスとバレンタインを混同して居るフシがある。
別にクリスマスは片想いの異性にプレゼントを渡す日では無い。
既に親しい者同士がプレゼントを渡す日だったはずだ。

「てゆーか、お前、ボクにプレゼントは?」

ボクが声をかけると、ミサエは振り返った。
ほら見ろ、ミサエは声をかけられるのを待ってる。
一応、少し不貞腐れた表情をしながら「何の?」と答える。

「クリスマスの」

「とっくに終わったじゃん」

「じゃあ、バレンタインの」

「何でタダオに」

ミサエが鼻で笑ったような顔を(恐らくは故意に)したので、
ボクはミサエの後頭部を平手で軽く叩いた。

「痛っ!ちょっ!何すんの!」

「生意気だったから」

「なっ……!」

ボクとミサエは家が隣同士だから、帰り道は何時も一緒だ。
誤解されたくないが、途中までの道はお互いに、別々の友達と帰る。
別々の友達と帰っては居るのだが、別々の友達は、別々の道へ分かれ、
そうして最終的に、ボクとミサエは、合流してしまうのだ。

「試しに言ってみなさいよ」

「何を?」

「何か欲しいモノあるの?」

「ああ、あるよ」

数日前にテレビで見た、真っ赤なアレ。
何が欲しいかと訊かれたら、迷わずアレを答えるだろう。
それくらい当時のボクは、アレに心を奪われ始めて居たんだから。

「何が欲しいの?」

「真っ赤なストラト」

「真っ赤な……何?」

「ギターだよ」

ミサエは鼻で笑うように「無理」と言った。
ボクはミサエの後頭部を、平手で強めに叩いた。



ボクラが成長する中で、ボクラが変化したこと。



ミサエはカタギリ君に告白する事もなく、中学を卒業した。
ボクとミサエは、そのまま同じ高校に入学した。

真っ赤なストラトは、自分の金で買った。
高校一年の夏に、初めてアルバイトで稼いだ金で買った。

高校二年の夏に、ミサエに初めての恋人が出来た。
ところが二ヶ月も経たない内に別れた。
別れた理由は「瞳が青くないから」とか何とか。

高校卒業後は、ミサエと別々の道を選んだ。
ボクは至って普通の大学に入学した。
軽音サークルに入ったのは、ストラトが好きだったからだ。

その頃にはもう、
ボクの履歴書の特技の欄からは、作り笑いの文字は消えて居た。
中学の担任教師に叱られたのは、キッカケにしか過ぎないだろう。
そもそもボクは、作り笑いなんか嫌いなんだから。

面白い事では笑い、面白くない事では笑わない。
それは酷く単純明快な、人間らしい行動のようにも思える。
あの日、担任教師がボクを叱ったのも、それを教える為だったのか。


否、違う。


大人と呼ばれるようになって気が付いた事は、
作り笑いの上手い人間の方が、偉い大人に気に入られるという事実だ。
面白い事で笑わずに、面白くない事で笑わなければいけない。

あの日、担任がボクを叱ったのは、何の事は無い。
作り笑いが特技だなんてのは、大人にとっては当たり前の事で、
それを堂々と特技だなんて宣言する事は、面白くない事だったんだ。
要するに、面接官の大人達の印象を悪くする特技だった、というだけだ。

世の中を見渡せば、大人は作り笑いなんて、誰だってしてる。
面白くもない事で笑い、自分を正当化してる。
くだらない。



ボクラが成長する中で、ボクラが変化したこと。



という訳で、ボクはあまり笑わなくなった。
ミサエは服飾系の専門学校に入学しようとしていたはずだ。
入学式の日の朝に、突然、道の途中で倒れたりしなければ。

病室に向かうと、ミサエは窓から雪を眺めて居た。
入院と退院を繰り返し、コレで何回目の入院だったっけ。
その度にミサエは、数日間、小難しい名前の精密検査を受ける。

雪を眺めるミサエの背中は、無垢な少女のようだ。
まぁ、実際は無垢な少女なんて事は無く、単なる幼馴染だけれど。

ボクはコンビニで買った紅茶のペットボトルが入った袋を下げて、
丸めた新聞紙で自分の肩を叩きながら、声をかける。



「少女か、お前は」



ミサエの体から悪性の細胞が発見されたのは、それから四日後だった。



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