■ま行
水色リリィ




どうしようもなく悲しい気分になって

君の名を呼んでみた。


だけれどよく考えてみるに

君の名を呼ぶ事が悲しいんだ。

だって君は何処にも居ないからね。


お気に入りの煙草が切れたから

コンビニエンス・ストアに行ったのだけれど

お気に入りの煙草は切れていた。


其処で僕は

君のお気に入りだった煙草を買おうと

思ったのだけれど

君に怒られそうな気がしたので止めた。

だってアレは君の煙草だからね。


僕のお気に入りの煙草と

同じ煙草を吸ってる人を見ると

少しだけ嫌な気分になるんだよ。


だけれど其れは

其の人の理由が在って

其の煙草を選んだのだろうし

僕は僕の理由が在って

此の煙草を選んだのだからね。


同じだけど同じでは無いんだ。


僕の煙草は僕だけのモノだし

君の煙草は君だけのモノだよ。




コンビニエンス・ストアの店員の手が

君の手によく似て居たんだ。

君の何らかに似た人は

映画の中や

雑誌の中や

広告の中や

町の中でもよく見かけるよ。


思うに僕等は誰もが

一個の生命から生まれたんだと思う。

バクテリアか何かよく解らないけれど

とにかく地球の一番最初の一個だよ。


其処から生まれた僕等は

誰だって何処かしら似てるのが

当たり前じゃないかと思うんだ。


僕と君もそうだし

僕と誰かや

君と誰かや

ましてや鳥や魚や

蝶や蜘蛛ともだよ。


だけれど当たり前だけれど

すぐに僕は思うんだよ。

其れは君では無い。


人間には再生能力が在って

大抵は自然治癒するそうだよ。

髪を切れば髪は生えてくるし

爪を切れば爪は生えてくるし

よほどの血を流すような怪我でも

何時の間にか傷口は塞がるんだよ。

傷痕が残る事は在るけれどね。


ところが問題点も在る。


髪を切っても髪は生えるし

爪を切っても爪は生えるし

其れ等は僕という養分の中から生まれ

外観も機能もほとんど同じはずなのに

あの日に切った髪や爪とは別モノだという事実だ。


同じなのに同じでは無いんだよ。

不思議だね。


其れからもう一個。

再生能力には限界が在る。

切り落としても生えてくるモノには

残念ながら限界が在るよ。



僕等が腕を切り落としたら

二度と生えては来ないんだ。



だから僕は僕の腕を捜して歩いてる。

何処かに落とした事は知ってるから

僕は相変わらず腕を捜して歩いてる。


もしも見付けても

きっと既に腐ったり濁ったりしてるかもしれないし

縫い合わせたとしても僕の腕は元通りには戻らない。


だけれど僕は 僕の腕を捜すよ。

捜す事を止めてしまったら

きっと生きられないからね。


其れは悲しい事かな。

きっと 悲しい事だね。


そうして僕は

君の名を呼んだんだ。

だけれどよく考えたら

其れが一番悲しい事だった。






ねぇ 此処は地球だよ。






一個から生まれた生命が

一個から生まれた生命を

愛したり 憎んだり している星だよ。


海が在るよ。

空が在るよ。

森が在るよ。

花が在るよ。


其処に僕等は灰色の道を作り

毎日を忙しそうに歩いて行くよ。


大切な声は何時だって

映画や音楽や小説の中で消費されて

本日も雑音に消されてゆく気がする。


だけれどせめて憶えておこうよ。

同じだけれど 同じでは無いよ。


少しだけ違うはずの何個かを

寄り添うように認め合えたら

分け合えたら

支え合えたら

人は一人でも孤独では無いよ。


どうして僕がこんな事を話してるのかって

今 話さなければ

何も話せないまま終わりそうだからなんだ。




お気に入りの煙草が切れたから

コンビニエンス・ストアに行ったのだけれど

お気に入りの煙草は切れていた。


其処で僕は

君のお気に入りだった煙草を買ったんだ。

君に怒られそうな気がしたから。

だってコレは君の煙草だからね。

ほら 怒ったり 笑ったり してよ。




全ては 何時か 何処か に繋がるはずだよ。




だって此処は 水の惑星 だからね。

inserted by FC2 system