■ま行
ミナモ




はじめに水面があった。


水面は生まれた時から水面だった。

水面は何の為に生まれたのか解らなかった。

水面の肌はまるで鏡のように何かを映した。

なので恐らくは何かを映す事が

水面が生まれた理由なのだと

水面は思った。


水面は静かに映した。

大抵は動物を映した。

空を飛ぶ鳥が多かった。

虫も映したし 魚も映した。



たゆたい また ながれた。



在る場所で水面は

森の中の湖の水面だった。

天に伸びる木々や葉々を映した。

老いた兎も映したし 鹿の親子も映した。

どちらも水を飲みに来た。

怯えるように水を飲んだ。

そういう時 水面は決まって

黙って 静かに 唇付けをした。



たゆたい また ながれた。



在る場所で水面は

大地を隔てる大河の水面だった。

雄大に流れはするけれど

変化の乏しい流れだった。

なので延々と空を映した。



やはり鳥が空を飛んでいた。

そういう時 水面は決まって

黙って 静かに 鳥に憧れた。



或る日 突然 パァンと音がして

鳥が水面の視界から居なくなった。

其れからボチャリと音がしたけれど

水面には何が起きたかわからなかった。

すぐあとで4匹の人間がワイワイと騒ぎながら

バチャリバチャリと水を掻き分けて歩いてきた。



「やぁやぁ 見事な獲物だな」

「いやいや 大した獲物じゃない」

「まぁまぁ わたしのほうが ずっとすごい」

「それでは もっと 捕えて コイツと並べて比べましょう」



水面は再び 空を映すだけの水面に戻った。





たゆたい また ながれた





在る場所で水面は

静かな家の洗面器の水面だった。

最初に少女が顔を洗い

続いて少年が顔を洗った。

其れから

うら若い女が水面の前に立ったけれど

女は何時までも水面を見詰めるだけだった。

なので水面は何時までも静かに女を映す水面だった。



相変わらず女は水面を見詰めるだけなので

水面は触れる事も交わす事も憧れる事も無かった。




ポタリ。




水面の上を波紋が揺れた。

揺れて落ちて溶けた。

涙だった。



理由など解らぬが

とにかく女の涙は

水面の一部になった。



たゆたい また ながれた。



在る場所で水面は

水面 の 水面だった。

水面を映す水面だった。


其処ではどちらも永遠に青く

また終わる事もなく深かった。


なので水面は探るように映した。

水面は水面を探るように映した。


水面が揺れると水面も揺れた。

水面が流れると水面も流れた。

水面が枯れると水面も枯れた。


なので水面は水面では居られなくなった。

其処では全てが出来た。

互いに枯れてしまう事も 互いを枯らせてしまう事も。



雨が降り 雪が溶けたので

水面は再び 元の水面に戻ったが

その日から もう何も映す事は無かった。



水面は静かに映した。

覗き込む人々を静かに映したし

覗き込まぬ人々さえ静かに映した。

水面は静かに映した。

皆も。

涙も。

そうして たゆたい ながれてきた。



水面はもう何も映さない。

それが悲しい事か 嬉しい事か

水面にもよくわからなかったけれど

ただ そうした時 はじめて

水面は自分だけの水面だった。



水面は 何も 映さない。

そうして 今も どこかを

たゆたい また ながれている。

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