■ま行
窓辺のヘデラ




何時だって僕等は。
等しく巡りながら変化して、
何かを失った気分になるだろう。
其れとほぼ同時に、また何かを得るんだ。

眠るような朝だ。
今日は濡れた髪の毛も、明日には乾くだろう。
渓谷を沿う川のような流線。細い水。視界が拓けるのを待っている。

もしも君がシャワーを浴びたなら。
もう出来るだけ、其の身を冷やさぬようにするべきだ。
何にも努力しないって事は、何とも残酷な事。
手段ならば何時だって存在する。だのに理由ばかり探している。
流線に沿って温い水。粘着質な感情。サラサラに渇いてしまった指先。

誰の声も聞こえなかった。誰も。
それで僕等は初めて、地下に広がる大きな絵を眺めた。
其の瞬間に迸った、後姿の濃淡を、僕は今でもよく覚えている。

新聞や、小説や、漫画や、映画の中に、ありふれた言葉達が氾濫している。
其の中の何個かは、僕や君が、何時か誰かに伝えたかった言葉だ。
いとも簡単に消費されるばかりで、言葉の価値なんか見失ってしまうだろうな。
アチラからコチラまで。選択自由な言葉がゴロゴロと。本日はどれを真似ようか?
嗚呼、まるで意味なんか無い。

まるで意味なんか無い言葉の中から、探して、探して、諦めて、探して、
求めて、求めて、迸って、見付けた言葉が、僕の言葉だ。
僕だけの言葉だ。

何処にでも在る、ありふれた、僕だけの言葉だよ。
其れを君に伝えた瞬間、ありふれた言葉は、僕と君の言葉になる。
何にも意味なんて無いのさ、ヘデラ。其処に何とも貴重な意味を見出すのは、

「私次第で、君次第」

流線に水。熱い水。重力に逆らって丸くなり、浮かぶ。
君の声が聴こえたら、僕は嬉しくなるよ。どんな陳腐な言葉だって良い。
生まれた言葉を大切にしてくれ。言葉なんて大切な時ほど、何の役にも立たないけれど。
其れでも忘れないでくれ。
何の役にも立たない言葉が積み重なって、大切な言葉が生まれる。

丁度ホラ、特別な事なんか何も無い、僕等の日常みたいなモンさ。
もしも明日晴れたら、君に会いに行くよ。
窓辺で待っていてくれよ。

路地裏を抜けて、商店街へ。真っ白な君の部屋の窓まで。
美味そうな焼き立てパンの匂いがする。
そうしたら、もう朝だ。


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