(初雪は誰かと一緒に見たい?)


















第二七話 『現実(咀嚼)』




瞬間的な嗚咽。
停止しそうな呼吸の途中。
鉄砲で撃ち殺される夢を見て、目が覚めた。

「……夢?」

加湿器の機械音が聞こえて、僕は上半身を起こした。掌を頬に当てる。
乾いている。熱は下がっている気がした。夢を見た気がする。夢の内容は、もう覚えていない。
其れは数秒前まで掌の中に在ったのに、気が付けば零してしまった砂のように、跡形も無く消えていた。
リンカ。彼女の名前は覚えている。僕が付けた名前だけれど。何処から何処までが夢なのか解らなくなる?
残念ながら、そんな事は無い。首を動かせば視線の先、見慣れた机の上に空缶は置いてあるし、机の中には其れが隠されているはずだった。現実的な現実だ。僕は力無く呟いてみるしか無かった。

「鉄砲」

声に出した瞬間「嗚呼、現実を認めてしまう行為だ」と、僕は思った。
彼女は居なくなった。鉄砲だけの残して、何処かへと消えた。何処へ消えた。何の為に。解らない。
只、消えたのだという現実だけを、再確認してしまった。最後の日、あの解熱の最中、彼女は何と言った?
(私を見付けてくれる?)
彼女は言った。あの日から、既に二日が経って居た。風邪が治り、温度が下がり、落ち着いた頭で考える。

あれは夢では無かった。
歩道橋で出逢い、漫画喫茶に通い、地下鉄に乗り、美術館に行き、この部屋で鉄砲を渡されて別れるまで。
夢のような時間だったけれど、夢では無かった。ところで夢から覚めたような現実が残って、僕は何をする?
彼女を探す? どのように。仮に探したところで、彼女が望んでいるのは――。(君が、私を消してね)
何故、僕なんだ。何故、鉄砲を受け取ってしまった。彼女が探していたのは、自分を殺してくれる相手だった。

彼女を探すという事は、彼女を殺すという事。
馬鹿げている。僕はベッドから起き上がると、窓際のカーテンを開けた。水滴と硝子。一面に白。
「殺せる訳が無いじゃないか」
其の言葉だけが唯一、まるで現実的では無かった。演劇の中の台詞のようだった。本当に「馬鹿げてる」。

パソコンを立ち上げて今朝のニュースを眺めたけれど、注目するほどの情報は無かった。
相変わらず『恐怖のデス・タキシード』事件が小さく賑わっていた程度で、残りは単なるゴシップ記事だ。
デス・タキシード(実際は制服)事件、唯一の進展は、被害男性が残した遺書の一部が公開された点。
遺書の内容に不可解な文章があるというのが、公開の理由だった。そして公開された一文は――。


「僕は君になれる」


僕は居間へ向うと、少し遅い朝食を食べた。姉の姿は見えず、冷めた目玉焼きが置いてあった。
冷めた目玉焼きを、何度か咀嚼するように食べた。微かに胡椒の味がした。
ずっと目を開けているのに、何度か眠りそうになった。

歯を磨き、服を着ると、玄関の扉を開けた。
冬の空気は冷たく、小さく咳をして、ポケットに手を入れた。
相変わらず、太陽は温度を感じさせず、只、澄んだ青空に張り付いて居た。



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