■ら行
連作/音楽




■第一楽章


スリー・ピースから流れる重低音に

僕等は身をゆらしながら

ホープ・ピースから流れる濃厚煙に

僕等は身をまかせながら

世界が止まれば良いなと思ったんだ。


音楽は世界を救いはしない。

音楽は世界を変えはしない。


当然だろう。

音楽を 奏でるのも 唄うのも 聴くのも

音楽は 音楽に親しむモノの為に存在する。

世界を変えるならアンタだ。

世界はアンタが変えなきゃ。


スリー・ピースから流れる重低音に

僕等は身をゆらしながら

ホープ・ピースから流れる濃厚煙に

僕等は身をまかせながら

世界が動かなきゃ厭だと思ったんだ。


もしも世界が止まってしまったら

もうアンタには逢えないんだから。



■第二楽章


「音楽の音楽を聴いた事はある?」


雪の台詞で今も覚えてるのは是だけだ。

まるで意味を理解できなかったからだ。

音楽の音楽を聴いた事はあるか?


音楽を聴いた事なら何度だってある。

ところが雪が残した台詞は違った。

音楽の音楽を聴いた事はあるか?


僕等は大した会話もしなかった。

僕等は大した変化もしなかった。

雪は世界が変わる日を望んで居た。

僕は世界が変わる日を拒んで居た。


雪にとって世界は絶望だらけだった。

僕にとって世界は希望だらけだった。

僕等は擦れ違って終わってしまうだけの関係だった。

ところが雪は、僕に強烈な一言を残して消えてしまった。


雪がこの話を僕にした時

彼女はピアノを弾いて居た。

嬉しそうに、楽しそうに、弾いて居た。


いや 違う。

弾いて居たんじゃない。

指先だけで弾く真似をして居たはずだ。


彼女は其処に鍵盤が存在するかのように

空気の上を白く細い指で器用になぞった。

僕は何も言わずに其の風景を眺めて居た。


彼女は目を閉じて

そう 恐らくは何かを思い出すように

いや 恐らくは何かを生み出すように

空気の上の鍵盤を 何度も優しくなぞった。


綺麗な音色だろうな と思った。

だけれど音など何処にも存在しない。

綺麗な音色だろうな と思った。


僕は煙草に火を点けた。

煙が彼女の指に絡まり

其処で演奏は終わった。


彼女は僕を見て笑った。

僕の煙草を奪い取り

そして言った。




「音楽の音楽を聴いた事はある?」




其の日から僕は様々な音楽を聴いたのだけれど

僕なりに理解できた事柄が在るので説明したい。


まず始めに音は

其れ以上の存在にも

其れ以下の存在にも

決して成りはしないという事。


音は料理にはなり得ない。

音は花瓶にもなり得ない。

おおよそ音に近い存在があるとすれば

其れは水だ。


また同じ意味で

音は風で在るし

音は火で在るし

音は木で在るし

音は自然だとも言える。


音自身には本来

意味や意図は無い。

其れは太陽が昇っては沈み

雲が雨を降らし風を起こし

火が舞う事と変わりが無い。


其処に意図や意味を付けたがるのは

何時だって我々の方だ。

彼等は意図や意味も関係無く

彼等が望む流れの中を過ぎる。




天を仰ぎ雨を待つ。




しかし自然は

其れ以上の存在にも

其れ以下の存在にも

決して成りはしないだろう。


ならば音楽と自然は同じか。

違う。

木の葉が風に揺れ音を立てたら

其れは音楽か。

やはり其れは音楽では無いのだ。


「音楽のようだね」


と僕は言うだろう。

だけれど其れは、音楽では無い。

其処に 意味と 意図と 意志が無いからだ。


ならば 意味と 意図と 意志を持った音が

音楽になるのか。

恐らくはそうだ。


音楽は世界を救うか。

音楽は世界を救わない。

音楽は世界を救えない。




「音楽の音楽を聴いた事はある?」




雪の台詞で今も覚えてるのは是だけだ。

彼女は音楽に救われたのか。

彼女は笑って居たか。

彼女は泣いて居たか。


答は簡単だ。

彼女には音楽の音楽が聴こえて居た。

だから彼女は救われるだろう。

目を閉じればピアノが見える。

だから彼女は救われるだろう。


音楽の音楽って一体何だ?


なぁ 雪。

アンタはどう思う。

アンタは知ってるんだろう。


僕の足は街のはずれに在る

古びたライブハウスに向かった。

ステージの上でスリー・ピース・バンドが

愛憎や戦争や平和や衝動や焦燥や虚無や青春や

または音楽を唄って居た。

僕は煙草を吸った。


なぁ 雪。

アンタはどう思う。

アンタは知ってるんだろう。


スリー・ピースから流れる重低音に

僕等は身をゆらしながら

ホープ・ピースから流れる濃厚煙に

僕等は身をまかせながら

世界が止まれば良いなと思ったんだ。


音楽は世界を救いはしない。

音楽は世界を変えはしない。


当然だろう。

音楽を 奏でるのも 唄うのも 聴くのも

音楽は 音楽に親しむモノの為に存在する。

世界を変えるならアンタだ。

世界はアンタが変えなきゃ。


スリー・ピースから流れる重低音に

僕等は身をゆらしながら

ホープ・ピースから流れる濃厚煙に

僕等は身をまかせながら

世界が動かなきゃ厭だと思ったんだ。


もしも世界が止まってしまったら

もうアンタには逢えないんだから。


僕の煙草を奪い取り

アンタは僕に言うんだ。




「音楽の音楽を聴いた事はある?」



■第三楽章


雪は笑った。

彼女だけに太陽が射してるように笑った。

雪は 嬉しそうに 楽しそうに 笑った。

何時も見慣れた風景だ。


雪はピアノを弾く真似をした。

其れも何時も見慣れた風景だ。


雪というのは彼女の本当の名前じゃない。

彼女と出逢った日に 偶然 初雪が降ったから

其の日から 僕が勝手にそう呼んでいるだけだ。


彼女は其処に鍵盤が存在するかのように

空気の上を白く細い指で器用になぞった。

僕は何も言わずに其の風景を眺めて居た。


彼女は目を閉じて

そう 恐らくは何かを思い出すように

いや 恐らくは何かを生み出すように

空気の上の鍵盤を 何度も優しくなぞった。


綺麗な音色だろうな と思った。

だけれど音など何処にも存在しない。

綺麗な音色だろうな と思った。


僕は煙草に火を点けた。

煙が彼女の指に絡まり

其処で演奏は終わった。


彼女は僕を見て笑った。

僕の煙草を奪い取り

そして言った。




「音楽の音楽を聴いた事はある?」




僕は笑った。

もう何度目だろう この質問は。

僕は玩具を与えられた 子どものように言う。


「ないね。 だってそんなモノが本当に在るの?」


すると雪は とても得意そうに また笑う。

其れから彼女は何も言わず

また空気の上を指でなぞる。

僕は彼女を眺める。


お湯が沸く音がした。

僕は立ち上がり

紅茶を注ぐ。


「音楽はさ」


僕は問いかけて 其処で手を止める。


「ん 何?」


雪は言いかけて 其処で手を止める。


「何でもない」


雪は少しだけ笑って また手を動かす。

彼女の中では今頃 サティが流れてる。


そう 何でもないのだ。


音楽は音楽を生む。

音楽が次の音楽を生む。

音楽は其れを繰り返す。


音符と音符の繋がりが曲になるように

音楽と音楽の繋がりが新しい命になる。


どうだい どうって事ない解答だろう。

音楽は世界を救うか?

当たり前だろう。

音楽は世界を救うよ。


正確にはちょっと違うな。

やっぱり音楽だけでは世界は救われない。

だって音楽はあくまでも音楽に過ぎない。

其れ以上でも 其れ以下でもない。




「音楽の音楽を聴いた事はある?」




ソファに座ってる雪が言った。

思わず笑ってしまった。

もう何度目だろう。

僕は答えた。




「あるよ。 毎日聴いてる」




すると雪は 楽しそうに 嬉しそうに

手を止めて ソファから 立ち上がり

そして僕に ゆっくりと 近付いた。




「嬉しいわ。 わたし今 とっても嬉しいのよ」




雪は

今まで見た事のないような

美しい表情



僕を眺めた。

思わず僕は言った。




「音楽の音楽を聴いた事はある?」




すると雪は

何時もは空気の上をなぞる指を

僕の胸の上に そっと 置いた。


其れから僕の手を握って

其の手を雪の胸に当てた。


ふわり。

ふわり。

どくん。

どくん。











「あるよ。 毎日聴いてる」











雪は僕の耳元でそう呟くと

僕の首筋に 優しく唇付をした。


僕の心臓が音を立てた。

心音は僕の感情を正直に表現した。

意志と意図と意味が在る音が音楽だって?

ならば僕の心音は立派な音楽だよ。

だってこんなにも鳴ってる。


音楽は世界を救うか?

当たり前だろう。

音楽は世界を救うよ。


音楽が世界を救いたいと思った時に

音楽は世界を救うだろう。

だって音楽と心音は同じ事なんだろ。


そうして誰もが毎日を生きてるのさ。

其れは綺麗な音色だろうな と思った。

音など何処にも存在しないとしても。

其れは綺麗な音色だろうな と思った。


僕は煙草に火を点けようとした。

すると雪は僕の煙草を奪い取り

そして幸せそうに言った。




「音楽の音楽の音楽を聴いた事は、ある?」

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