■ら行
ロックは在るか。




ブルース・ハープの濡れた音。

ブルース・ハープの、やけに濡れた音が聴こえる。
其れは路地裏の雨音に似ているし、煙草の煙にも似ている。
ワーク・ブーツの靴底は磨り減っているが、まだ歩く事は出来る。
今は暫し、休んでいるだけだ。

息を吸い込んで空気の流動を感じて、
息を吐き出して空気の存在を感じる。

born to be wild がロックなら、twist and shout もロックだが、
smells like teen spirit もロックだし、情熱の薔薇だってロックだ。

嫌煙家が愛煙家を拒むように、室内犬が野良犬を拒む。
彼等はクラシックを愛するし、等しくアールグレイを愛するだろう。
彼等のような者ほど、ホルストの組曲『惑星』 に耳を傾けてみるべきだ。

火星の呻き声が聴こえる。
太陽から水星を経由し、水星から金星を通過し、地球から火星まで。
火星から木星を経由し、木星から土星を通過し、天王星から海王星まで。
最期に冥王星まで。

路地裏から星空を眺めてる。
地球から宇宙を眺めてるけれど、何処が火星だったか。
僕は戦わなければならなかったけれど、一体、誰と戦うべきだったか。

そうか、自分自身か、なんて呟きながら、
其れを社会や大人のせいにして、僕は此処まで来てしまった。
何も上手くいきやしなかったんだ、何ひとつ上手くいきやしなかったんだ。

小雨が止まない。
路地裏に生まれた小さな水溜りが、先程から風に揺れている。
一点だけ理解し難い事があるのだけれど、僕の目の前に転がっている、
この名も知らぬ男の死体は、何時から此処に在る?

僕の右手には煙草が在り、僕の左手には鉄砲が在り、
恐らく其の死体を生み出したのも、
僕自身で在るべきだったけれど、僕には何も思い出せない。
霧のような何かは硝煙に似ているが、煙草の煙だ。

言葉を捜している。
誰かに伝えるべき言葉を、だ。
ところが誰に伝えるべきなのかが解らない。

煙草を指で弾くと、
糸のような細い煙を残しながら飛んで行き、
其れは小さな水溜りの上で音を立て、其れから回転した。

仕方が無いから、僕はポケットからブルース・ハープを取り出して、
息を吸い込んだり、息を吐き出したりしてみる。
其れだけで音が生まれる。

音は、目の前の死体に話しかける。

よぉ、先程から僕が何を言いたいのか、アンタにはサッパリ解らないだろ。
僕自身、僕が何を言いたいのか、サッパリ解らないんだからな。
アンタには、僕の気持ちなんか解らないだろうな。

只、これだけは知ってる。
僕は何かを誰かに伝え続けなければいけない。
其れが何なのか、其れが誰なのか、よく思い出せないんだけど。

ピルピルピル。
ピルピルピル。

突然。
ブルース・ハープの音に、携帯電話の着信音が混ざった。
名も知らぬ男の死体の何処からか、携帯電話の着信音が聴こえる。
僕は男の体に触れて、携帯電話を探した。

男の服装はシンプルな柄のネルシャツと破れたシーパンだったが、
表面にポケットらしきモノは見当たらず、携帯電話も見当たらなかった。

僕は地面の上で死体を転がした。
死体は打ち揚げられたような音を立てて転がった。
男のジーパンの尻ポケットと、濡れたコンクリートの間に挟まれて、
其の携帯電話は産声を挙げていた。

「hello?」

受話器の向こうから聴こえたのは、女の声だった。
聞き覚えのある声のような気もしたが、恐らく知らない声だった。
女は疑問符だらけのイギリス語で何かを話しているようだったけれど、
僕が理解出来たのは、其の中の、実に僅かな単語だけだった。
僕は短く告げた。

「the man is dead.」

女は事態を把握出来ないらしく、
冷静を取り繕う口調で what を連発したけれど、
僕が告げるべき言葉は他に存在しないし、僕こそが問いたい。
what?

女は何かを問い続けているが、何も解らない。
そもそも僕が女の疑問に答えなければならない義務なんて無い。
重要なのは一点だけ。

僕は左手に鉄砲を握り締めているが、
僕は其れを撃ったのか? 撃ってないのか?

もしも撃ったのだとしたら、
何を?誰を?(恐らくは目の前の死体を)
もしも撃ってないのだとしたら、
どうして僕は此処にいる?(ならば目の前の死体は何だ?誰だ?)

残念だな。
携帯電話なんかじゃ、僕の本心は読み取れない。
女は僕の次の言葉を待っているのだろうが、次の言葉など存在しない。

読み解いてくれよ、僕を。
そしてどうか、僕に本当の言葉を教えてくれ。

路地裏から星空を眺めてる。
地球から宇宙を眺めてるけれど、何処が火星だったか。
僕は戦わなければならなかったけれど、一体、誰と戦うべきだったか。

そうか、自分自身か、なんて呟きながら、
其れを社会や大人のせいにして、僕は此処まで来てしまった。
何も上手くいきやしなかったんだ、何ひとつ上手くいきやしなかったんだ。

僕は携帯電話を地面に放り投げると、鉄砲を向けた。
引き金を引く。
二発。



ガゥン。
ゴゥン。



ブルース・ハープの濡れた音。

ブルース・ハープの、やけに濡れた音が聴こえる。
其れは路地裏の雨音に似ているし、煙草の煙にも似ている。
ワーク・ブーツの靴底は磨り減っているが、まだ歩く事は出来る。
今は暫し、休んでいるだけだ。

息を吸い込んで空気の流動を感じて、
息を吐き出して空気の存在を感じる。

born to be wild がロックなら、twist and shout もロックだが、
smells like teen spirit もロックだし、情熱の薔薇だってロックだ。

ならばホルストの『惑星』さえも、きっとロックなんだ。
嘘だと思うなら、火星に耳を傾けてみろよ。
アールグレイを飲む手を休めて。

小雨が止まない。
路地裏に生まれた小さな水溜りが、先程から風に揺れている。
一点だけ理解し難い事があるのだけれど、僕の目の前に転がっている、
この壊れた携帯電話と、名も知らぬ男の死体は、何時から此処に在る?

僕の右手には煙草が在り、僕の左手には鉄砲が在り、
恐らく其の携帯電話を壊したのも、
恐らく其の死体を生み出したのも、
僕自身で在るべきだったけれど、僕には何も思い出せない。
霧のような何かは硝煙に似ているが、煙草の煙だ。

嗚呼、誰か此処から出してくれ!
なんて思いながら、僕は鉄砲に弾丸を込め続けている。
理解と包容を求めながら、完全なる矛盾を感じながら、僕は撃つだろう。

此処は何処だ?
路地裏の外の世界では、何が起きている?
壊れた携帯電話と、名も知らぬ男の死体を置き去りに、
僕は路地裏から外の世界へと、飛び出して行くべきなんだと思うか?
(まだ何も解決しちゃいないのに?)

其処にロックは在るか?

誰か教えてくれ。
外の世界に、本当のロックは流れてるか。
鉄砲を投げ捨てて、思わず誰かを抱き締めたくなるような、ロックだよ。

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