雪。



雪。



雪。



一粒。

一粒。



空から落ちる。

白く冷たい粒。



雪。



雪。



雪。



一粒。

一粒。



手の平で溶ける。

白く柔らかい粒。



嗚呼

コレは音だ。



音が

落ちてくる。



止め処なく

増えていく

落ちてくる。



音は

暗い空を白く。

音が

更に音を重ねていく。



嗚呼

コレは歌だ。




歌が、降ってる。









song : 1








僕は少し温まった狭い部屋の窓から

降り止まぬ雪と夜の空を眺めていた。

窓際に灰皿を置き煙草に火を点ける。



窓を開けると冷たい風が入ってきて

僕の口から吐き出された白い気体は

息なのか煙なのかよくわからなくなった。



白い雪が一粒迷い込んで

灰皿の淵に落ちて溶けた。



此の町には夏が無い。

正確にいうと春も秋も無い。



とは言っても地球は地軸を傾けながら

自転や公転を繰り返しているのだから

変わらず時間は流れるし季節の概念も在る。



異常な戦争と、其の結果の異常な気象によって

此の町には冬しか無くなった。

常に寒気が訪れ常に雪が降る。

何時しか、皆、此の気候に慣れた。



僕は少し暖まった狭い部屋の窓から

降り止まぬ雪と夜の空を眺める生活に慣れた。

僕の生活は戦争が終わった後も

然程の不自由も無く続いていた。

起きて、食べて、考えて、眠る。



僕は戦争に赴く事が無かった。

恵まれた環境のお陰なのだろう。

古い友人の噂は時に耳にしたが

古い友人の話に関心は無かった。

僕が戦争で日常から失ったモノと言えば

恋人と離れ離れになった事くらいだった。

僕はずっとこの部屋に居た。



窓の外は、雪が降っている。



毎夜、此の窓際で空を眺めながら

僕は小さな声で歌を歌っていた。

其れが誰に向けられた歌なのか

もう僕にもわからずに居たけど。



僕は息とも煙ともつかぬ白い気体を吐き

静かに窓を閉めた。



雪は降り止まなかった。






最初の手紙が届いたのは

そんな次の日の朝だった。

差出人の名前は書いていなかった。

書かれている言葉もたった1行だけ。




「歌を聴いています。」




歌。

其れが何の事を言っているのか

僕にはすぐに理解できなかった。

タイプライターのようなモノで書かれたらしい

機械的な文字では性別も年齢もわからなかった。



其の「誰か」が聴いているらしい歌が

僕が窓際で歌う歌であると知ったのは

其れから数日後に届いた手紙によってだった。



「ワタシは歌を聴いています。

 アナタの歌を聴いています。

 毎夜、アナタが歌う歌です。」



其の文字はやはり機械的な文字だったが

前回よりは幾らか人間的な文章だった。

宛名の無い手紙では返事ができないので

変わりに僕は少し大きな声で歌を歌った。

其れが誰に向けられた歌なのか

もう僕にもわからずに居たけど。




雪が降っていた。


窓際で煙草を深く吸う。


雪が煙草の火を消した。


明日は日曜日だった。




様々な体制が麻痺した此の町は

平日も休日も祭日も大差はない。

ただ概念の上の暦が刻むだけで。

其れでも、明日は日曜日だった。



目を覚ますと

僕は此の暖かく狭い部屋から

こうして雪の降る外を眺めて

歌を、歌った。

其の日は1日中、歌を、歌った。



届く気がしたから。



一体、誰に。



只、歌を、歌った。



一体、誰に。






次の朝すぐに手紙は届いた。



何時も通りの機械的な文字。



とても温かい人間的な文章。





「素敵な日曜日をありがとう。」








空からは今日も白い粒が落ちていた。


一粒。


一粒。


また、一粒と。




僕は手の平を窓の外に出した。


其の白い粒を集めようとした。


沢山集めて何時か君にあげよう。




なのに一粒も手の中には残らなかった。




だけどそんな事くらい、今では知っていた。






朝の手紙をもう一度読み返した。






「素敵な日曜日をありがとう。」






僕は静かに、歌を歌った。


inserted by FC2 system