雪は変わらず降り続ける。

僕は変わらず歌い続ける。



予想以上の引力で

人々が接近する時

例えば

僕と君が接近する時

雪は

歌は

どれだけ意味を持つのだろう。









song : 5








此処から出る事も出来ず

此処から僕は歌を歌い続けた。

恵まれた環境で育った僕は

戦争に赴く事も無かったし

目の前で友人が死んだり

目の前で醜い現実を見たり

目の前で自分が傷付いたり

全くしないで済んだ訳だけど

ただ此処から出る事は出来なかった。



恋人が居なくなって

雪が止まなくなった。

たった其れだけが

戦争の、僕の中の全てだ。



あの電話の後にも手紙は届いていた。

其れが未だに誰からの手紙なのかは

僕にはわからなかった。

機械的な文字の、人間的な文章。

僕の歌への感想。



僕の歌はきっと

大した歌なんかじゃないんだと思う。

ただ居なくなった恋人を

何時までも嘆き慈しむ歌だ。

其れを誰に届けているのか

もう僕にもわからずに居たけど。

そんな歌の感想が、日々、届いた。



「河の水はとても汚いのに。

 太陽の光。

 反射してる水面は綺麗だと思いませんか?」



手紙を読みながら僕は歌を歌った。

其の誰かが届けてくる言葉の意味の

全ては僕にはわからなかったけれど

何時しか僕の歌は少しだけ違う意味を持った。



安定と変化を、繰り返している。



手紙の主がどんな人なのかはわからない。

毎日どんな生活をして

毎日どんな食事をして

毎日どんな洋服を着て

毎日どんな場所で僕の歌を聴いてるのかさえ

僕はまるで知らなかったんだ。




「何時か私に愛が生まれたなら

 永遠に、存在に、片想いをしたい。

 激しく、優しく、長く、其の人を感じたい。」




知りたい。

そう思った。

でも一体何を?



空は灰色に雲っていた。

少しの雪が降っていた。

すぐに止んでしまいそうな雪。

すぐに溶けてしまいそうな雪。

僕は歌を歌った。




「私はとても強がり。

 私はとても弱くて。

 私はとても泣き虫。

 笑って生きてる。

 そして泣いてる。」




知りたい。

そう思った。

でも一体何を?





雪が降っている。

歌を歌っている。

どちらも終わる事無く続く。

そのくせ

すぐに消えてしまいそうだ。

嗚呼、歌わなくちゃ。




「ずっと、箱の中で泳いでいるのです。」




知りたい。

そう思った。

でも一体何を?



嗚呼、君だ。

僕は君を知りたいんだ。

君は誰だ?

君は僕か?

僕は君か?




嗚呼、君だ。

僕は君を知りたいんだ。

話したい

会いたい。

触れたい。

泳ぐなら此処で泳ぐといい。





雪が、降っていた。

空は灰色に雲っていた。

すぐに止んでしまいそうな雪。

すぐに溶けてしまいそうな雪。

僕は窓を開け、歌を歌った。

窓を、開けた。













少女。













窓の向こうに

少女が立っていた。

少女?

確かに少女だった。

ただ、とても大人びた顔をしていた。




少女は黙って

凝っと此方を見ていた。

肩よりも少し長い髪が

北風で寒そうに揺れた。

雪を凌ぐ黒いシーツを羽織って

僕の座る2階の窓際を見ていた。

目が合った。




僕は歌った。





雪はゆっくりと降った。

灰色の空から降る雪は

其のくせ酷く白かった。

まるで僕の歌と同じだった。

すぐに溶けてしまえばいい。



なのに少女は凝っと僕を見た。



僕の歌はきっと

大した歌なんかじゃないんだと思う。

ただ居なくなった恋人を

何時までも嘆き慈しむ歌だ。



いや、最近は少しだけ違った。

僕は気付かぬ程にゆっくりと

名も知らぬ誰かを歌うようになった。

手紙を送る誰かを歌うようになった。

だけど其れだって

自分の気持ちを身勝手に歌うだけだったけれど。




少女を見た。




少女は懸命に僕を見てた。

懸命に僕の歌を聴いてた。

雪が少しずつ

少女に積もっていくのに。




君は誰だ?




僕は歌を歌い終えた。

吐き出す息は白かった。

少女はまだ僕を見てた。

だから僕は声をかけた。

2階の窓から。



「・・・寒くない?」



少女は動かなかった。

綺麗な顔立ちをしていた。

黒い髪と白い肌が

雪の景色に溶け込んでいた。



灰色の空から

白い雪が降り

黒いシーツを羽織った

黒い髪と白い肌の

大人びた顔の少女が

ただ立ちすくんでいた。



夢の中の風景のようだった。



おもむろに少女が

黒いシーツの中を

右手で探り始めた。



何かを取り出した右手には

白い右手には

四角い小さな何かが握られていた。



手紙だった。




「あ・・・」





僕は窓から身を乗り出した。

少女は何も言わず

其の手紙を玄関の郵便受けに入れ

其れからもう一度此方を振り返り

少しだけ笑った

ように見えた。



少女が背中を向けた。

そして、何処かへ歩き始めた。




「あ・・・も、もしかして!」




僕は大きな声を出し

窓際から手を伸ばした。

だけど此処は2階だし

僕は此処から出られなかった。

少女は空を見上げ歩いていた。



「もしかして、君・・・!」



大きな声に意味は無かった。

2階から伸ばしてる手にも。

そんなものには何の意味もなかった。



何かを知りたいなら

すぐにでも此処を出て追いかけて

少女の手を掴めば良いだけだった。

だけど僕は此処から出られなかった。




強い風が吹いた。




少女の黒いシーツが舞った。




少女には、左腕が無かった。






雪は変わらず降り続ける。

僕は変わらず歌い続ける。



予想以上の引力で

人々が接近する時

例えば

僕と君が接近する時

雪は

歌は

どれだけ意味を持つのだろう。






そう



此処からどんなに手を伸ばしても



互いに届く手なんて無かったんだ。



少なくとも、今の僕には。


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