此の町に花は咲かない。

毎日雪ばかり降ってる。

地面は雪の下に隠れる。



此の町に花は咲かない。

なのに種を蒔く人が居た。

花を咲かせようとしてた。



此の町に花は咲かない。

だけど僕達は子供みたいに

何時か花は咲くんだと思ってた。



僕は無知に。


君は純粋に。









song : 7








数ヶ月が経っても

相変わらず僕と少女の関係は

2階の窓を隔てた関係だった。

相変わらず僕は此処を出られずに居たし

相変わらず少女は手紙を書くだけだった。

もっと傍に行きたかった。



僕達が交わした

沢山の歌と手紙は

僕と少女を深くしたけれど

此処から出られなかった。

もっと傍に行きたかった。





そして、あの日が来た。





あの日は吹雪だった。

此の町に冬しか来なくなって一番の吹雪。

部屋の窓を開ける事さえも出来ない吹雪。

窓の外は真っ白な雪で何も見えなかった。

今すぐ僕は外に出るべきだった。

きっと少女が待っている。



恵まれた環境に居た僕は

此処から出ずに居たから

戦争にも行かずに済んだ。

外で起こる汚さも醜さも

僕はまるで知らなかった。

ただ指先に付いた小さな傷を

何時までも騒いでいただけだ。






本当の痛み。






少女は吹雪の中で待っている。

此の窓からは見えないけれど。

必ず居る。



僕は部屋を出て階段を下りた。

だけど外に出るのは怖かった。

僕は玄関の前で立ち止まった。

すると家の人間が呼び止めた。



「外で、人が待ってるんだ。」



小さな声で僕は言った。

家の人間は意味がわからないという顔をした。

こんな吹雪の中で人が待っているなんて。

それも部屋から出られない僕を待つ人が。

すぐに部屋に戻るように薦められた。

当然だ。



「だけど本当に外に人が居るんだ。」




家の人間は不思議そうな顔で玄関の扉を開けた。

途端に冷たい風と雪が勢いよく玄関を荒らした。



「じゃあ、一緒に来てよ。」



僕は家の人間に言った。

外に出られない僕の精一杯だった。

戦争以来、家を出られなかった僕は

そうしてとても久し振りに外へ出た。



吹雪はとても強く激しく。

少し先に何が在るのかさえわからなかった。

周りに何が在るのかまるでわからなかった。




冷たい。



冷たい。



冷たい。




吹雪の中を僕は歩いた。




冷たい。



冷たい。



冷たい。






視界が全て白く染まる吹雪の中。






何時もの、部屋の、窓の、前。












其処に少女が、居た。












今までにも何度も

此処に少女が居て

僕は驚いた。

だけど。



少女は吹雪の中で

何時もの黒いシーツも

雪で真っ白に埋まる程の

こんなにも痛い雪の中で

あの日も此処に居たんだ。




僕は少女に近付いた。

すぐ傍に少女が居た。

不思議な感覚だった。

僕と目が合うと

少女は何時ものように

笑った。








「僕の部屋に行こう。」








部屋を暖めて


少女を部屋に入れた。


少女の髪に積もった雪を


僕は撫でるように払った。






「来てくれて、ありがとう。」






静かな時間だった。


会話は無かった。


少女は話せないし


僕も話さなかった。


ストーブの音だけが


不恰好に響いていた。




少女が静かに


手紙を差し出した。


雪で濡れた手紙を。










「外は吹雪。

 アナタに会いに行きます。

 だけど今日は

 ワタシがずっと大切にしてきたモノを

 アナタに会う前にひとつ捨てていきます。

 それはあの戦争を生き抜いたワタシの

 きっとずっと生きる支えだったんだと思う。



 外は吹雪。

 ずっとこういう日を願ってたのかも。

 狂うような吹雪。

 何も見えない程。

 全て白く染まり。

 何も見えない程。



 狂うような吹雪。

 何も感じない程。

 体は白く埋まり。

 何も感じない程。



 汚さも醜さも

 全て白くして

 やがて溶けて水になる。



 そんな日を願ってたのかも。



 外は吹雪。

 今日もアナタに会いに行きます。

 だけど今日は

 ワタシがずっと大切にしてきたモノを

 アナタに会う前にひとつ捨てていきます。



 そうして無事に、アナタと、もう一度会いたい。」










僕は泣いた。


此処に来る前に


少女が捨てたモノ。


其れが何だったのか


どれほど大切だったのか


僕にはわからなかったけど。




触れたいと思った。


例えば抱きしめたいと思った。


そして今はもう、其れが可能だった。








互いの唇を付けた。








其れから抱きしめた。








何度も。








何度も。








黒いシーツに手を伸ばす。


少女の表情が少し変わった。


構わず僕はシーツを取った。


少女は右手で、体を隠した。






不恰好にストーブが音が立てた。






白い肌だった。


左腕が無かった。


胸や、腰や、脚が


肉体の数箇所が


少女の白い肌を


拒否するように


機械だった。










綺麗だった。










少女は身を小さくして


右手で体を隠していた。


僕の反応を恐れていた。










綺麗だった。









だってこんなにも生きている。









「綺麗だよ。とても。」








僕は泣いた。


泣きながら


何度も愛撫した。



そう。



何度も。



何度も。








少女の胸に耳を当てた。




音。



音。



音。





機械で覆われた体が


心臓の鼓動を響かせた。





音。



音。



音。





僕は思い出した。


何時か受話器から聴こえた


声のような


曲のような


低くて高い


弱くて強い


不思議な音を。









「嗚呼、君の、生きてる音だったんだ。」







すると



少女も僕の胸に耳を当てた。



目を閉じて。



嬉しそうに少しだけ笑った。



だから



僕達は唇付けた。



唇、付けた。








外は吹雪だった。








とても静かだった。












翌朝、少女は部屋を出た。

僕は窓から後姿を眺めた。

たった14時間の出来事だった。












此の町に花は咲かない。

毎日雪ばかり降ってる。

地面は雪の下に隠れる。



此の町に花は咲かない。

なのに種を蒔く人が居た。

花を咲かせようとしてた。



此の町に花は咲かない。

だけど僕達は子供みたいに

何時か花は咲くんだと思ってた。



僕は無知に。


君は純粋に。










そして、雪が止んだ。


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