■た行
道程




道は何処までも続く。

前向きも

後向きも

あまり大差は無いわ。


貴方は貴方の見るべき場所を

しっかり目を凝らして見るの。

よく見るのよ。




「どうかした?」




声が聴こえた。
隣から彼女の声が聴こえた。

彼女が此方を振り返り言った。
僕は何も言わずに首を振った。
特にどうもしない。
だって実際に何も無いのだ。

そう、何も無い。

僕は奇妙な癖を一つ持っていて
其れが何時から身に付いた癖なのか
其れすらもよく解らないのだけれど
とにかく其れは奇妙な癖だった。
後を見る癖。


「どうかした?」


少し歩いた所で再び彼女が言った。
やはり同じように僕も首を振った。
特にどうもしない。
だって実際に何も無いのだ。

そう、何も無い。

だけれど僕は頻繁に後を見た。
僕の後で何か起きてやしないかと。
僕の後に何か落ちてやしないかと。
そう考えると振り返らずにはいられなかった。

其れが今、通ったばかりの道だとしても
又は随分と過去に通った道だとしてもだ。

やがて見えなくなるまで
僕は何度でも振り返った。


「どうかした?」


そうして彼女が僕に問う。
僕は何も言わず首を振る。

僕等は互いの手を繋ぎながら歩いた。
同じようなやりとりを何度も交した。

後を見る。

何かが起こる訳はないし
何かが起こるとするならば
其れはもう随分と過去においてだった。

何かを落とした訳ではないし
何かを落としたとするならば
其れはもう随分と遠方にあるはずだった。

何度、振り返っても

何度、目を凝らしても

何度、耳を澄ませても

全ては一歩ごとに

確実に離れていく。

やがて消える。




「どうかした?」




再び
彼女がそう問うた。
なので僕は頷いた。
そして言った。


「何も無いんだよ」


彼女は僕の手を強く繋ぎ
笑いながら優しく言った。


「何も無かった?」


道は馬鹿みたく一本道で
何処までも延々と続いてる
穏やかで緩やかな道だった。


「何も起きなかった?」


ああ、特に何も起きなかった。
後ばかり見て歩いたのに。

転ぶ事も無かった。
迷う事も無かった。


「何も落ちなかった?」


ああ、特に何も落ちなかった。
後ばかり見て歩いたのに。

転ぶ事も無かった。
迷う事も無かった。


「君のそういうトコ、私は嫌いじゃないわよ」


彼女はそう言って笑った。

そうしてやはり僕の手を

強く優しく繋いで歩いた。


「前向きも
 後向きも
 あまり大差は無いわ。

 貴方は貴方の見るべき場所を
 しっかり目を凝らして見るの。
 よく見るのよ」


道は馬鹿みたく一本道だ。


「其処が、今よ」


道は馬鹿みたく一本道だ。


眺めれば
延々と眺めれば
其処が前だろうが
其処が後だろうが
其処が、今になる。

離れる風景が僕の前になり
近づく風景は僕の後になる。

なるほどね。

よく焼き付けておくよ。

此処が、今だ。


「私は私が前だと思う風景を
 私の思うように前に進むわ。

 貴方は貴方が前だと思う風景を
 貴方の思うように眺めると良いわ。
 だけれど覚えて居てね。

 今は、此処よ」


僕等は、歩く。


「手を繋いでるから。

 何も心配しないでね。

 一本道を歩いてるのよ。

 例え其れが、後向きでも、前向きでも」


後向きに、歩く。

前向きに、歩く。

歩くべきは、今。


少しだけ。

そうだな

少しだけ。


横を向いても良いかな。


嗚呼 そうか君が居る。


馬鹿みたいな一本道は続いてる。


遠くに小高い丘が見えて来たら。



そうだな。



もう少し歩いたら、其処で休憩しよう。

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