■た行
囚われ兎ストリップアウト




嗚呼、僕の事なんか忘れてしまう君へ。

雷だか雨だか解らないが、窓が濡れて居る。
だから僕は本日、窓を開け、外を眺めて唄う事も出来やしないんだ。

星空が見えるのだとしたら、それは夜の出来事だ。
太陽が見えるのだとしたら、それは昼の出来事だ。
だから美味しそうなパンの香りがしたら
それは朝の出来事って訳さ。
君が見えるのだとしたら、それは朝と昼と夜の出来事だ。

ところが本日、僕には君の姿なんて、何処にも見えない。
だったら、これは何時の出来事なんだ。
ヘッドフォンを外して君の声を探してみたけれど
やっぱり何にも聴こえない。

ヘッドフォンからは小さく音が漏れてる。
僕の大好きな曲だよ。
君にも聴かせたかったんだけど
君が見当たらないから、再び僕の耳に当てたんだ。

闇雲に、楽しい事を探さなければいけない。
例えば、手首と足首に鎖を繋がれたまま
楽しい事を考え続けるのは厄介な事だよ。

目を閉じて夢を見てしまうのが、一番簡単なんだ。
ところがこれも厄介なんだ。
君の夢を見た。
君は何で笑ってたんだっけ。

覚えてるのは、僕はそれを、窓から見てた。
君の声は聴こえなかったし、僕の声は届かなかった。
君が何で笑ってたのかなんて、僕は始めから知らなかった。
ところが、君が笑ってた事だけは、よく覚えてる。

触れたかったんだよ。
それから、隣で笑いたかった。
ところが、そこで気付いた事は、鎖の存在なんだ。
僕の手首と足首に繋がれた、鎖を早く解いてくれ。

鍵は誰が持ってた?
君だったような気がする。
君だったような気がするけれど
君は遠くで、誰かと笑ってるんだもの。

どうして窓が閉まったままなんだ。
大声を張り上げても、誰も気付かないじゃないか。
両手に力を込めて、早く自由を取り戻さなければ。

心臓が痛いんだよ。

手も足も痛い。

血液が無謀な量を、全身に供給しようとしてる。

止まってしまえば楽なんだ。
此処から一歩も動かない事に、納得してしまえば楽なんだ。
何かを考える事なんて億劫だし
何かを考える事なんて恐怖しか生み出さない。
回転する何かの中で。

例えば、回転する観覧車の中で。

上昇しては落下する

その頂点で

誰かは唇付けをする。

そして、やはり、落下する。

上昇するんだ。
だけれど手段を考えるのは、嫌なんだ。
何かを考える事なんて億劫だし
何かを考える事なんて恐怖しか生み出さない。

僕は鍵が欲しいだけなんだ。
そうしたら今すぐにだって、君の元へ向かうのに。
君は笑ってるんだ。
その理由が、僕にはよく解らない。

雪が降ってる。
夏は終わったばかりなのに、窓の外では雪が降ってる。
此処からでもよく見える。
此処から一歩も動けやしないが、よく見える。


思わず僕は手を伸ばした。

鎖に縛られてるのに?

鎖に縛られてるのに。


僕の手は酷く自由で

何処までも伸ばす事が出来た。

だって僕は、雪が好きなんだ。


迷わず伸ばした掌に

雪の欠片が ふわり と乗って

そこで目が覚めた。


僕の隣に、やっぱり君は居なかった。

君どころか、何にも無かった。

僕の掌だけが見えた。


雷だか雨だか解らないが、窓が濡れて居る。

夏の終わりの雨だ。


そこで僕はヘッドフォンを耳に当て、大好きな音楽を聴いた。
それからまた、君の事を考えた。

星空が見えるのだとしたら、それは夜の出来事だ。
太陽が見えるのだとしたら、それは昼の出来事だ。
それから不細工に伸ばした僕の掌が見えたら
それは朝の出来事って訳さ。
僕の掌が見えるのだとしたら、それは朝と昼と夜の出来事だ。

君は夢の中で笑ってたな。
結局、あれは何でだったんだろう。
よく解らないままだけれど、笑ってて良かった。

君が誰かと笑ってる顔なんて、見たくもないけれど
多分、夢の中でも泣いてるよりは良かった。


年寄り兎が小さく鳴いてる。

全ては変化せず、変化せぬままに、変化する。

視点が変わるだけだ。

距離と位置が変わる。

僕等はそれを変化と呼んで、やがて安定とも呼ぶだろう。


何が欲しかった?

別に何も欲しくはなかったが、失いたくもなかった。


年寄り兎が小さく鳴いてる。

そして僕は何ひとつ納得しないままの脳を引き連れて

闇雲に、楽しい事を探してるんだ。

約束だとか

記憶だとか

感情だとかを、言葉にしてるんだ。


僕等の祈りは届くか?

窓が開いてないから、保障は持てないな。


だから僕は鼻歌を歌いながら

手首だとか、足首だとか、もしかしたら首だとか

体中に縛られた鎖を、鎖とも思わずに、また手を伸ばすんだ。



僕の中から最初に出てきた言葉を、信じる事にするよ。



雪が大好きなんだ。

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