■わ行
惑星のバロック あとがき -後編-




■【クラシックと宇宙】の世界

さて、僕は一応、社会的に大人である。
学生ではないし、毎月給料を貰える仕事にも在り付いている。

なので本企画中、延々とパソコンの前で頭を抱えてた訳ではなく、
実際には毎日、仕事をしなければならなかった。
初日に企画を提示して、翌日にはコメント欄でのリアクション(感想)を締め切った。
その結果、物語を執筆するには、あと一日しか無かった。

別に「一日で書き上げます!」とは宣言してないのだが、
出来るだけ時間をかけずに公開するからこそ、この企画は面白い。
次の日には完成してるからこそ読者は「おお!すごい!」と思うのであって、
時間をかけ、のんびりツギハギしていくだけなら、正直、誰にでも出来る企画であろう。

仕事から帰ってきた僕は、そのまま【惑星のバロック】を書き上げた。
朝方から書き始めて、書き終わったのは昼の13:59だった。
執筆中はエンドレスで【G線上のアリア】を聴いた。

完成した作品は、嘘で塗り固められている。
2007年現在。
僕に双子の弟は存在しないし、
人類は土星に移住などしていないし、
家政婦型アンドロイドなど実用化されていない。

それらは全て嘘であるが、
嘘に説得力を持たせるのが小説であるし、
特にその側面を強く持ってるのがSFなのではないかなと、
ズブのSF初心者の僕は、偉そうに考えたのだ。

嘘の設定に説得力を持たせる方法は何か?

至極簡単に考えるなら、経験しか在り得ない。
想像には限界がある。
他人の想像を、不特定多数が共有する事には限界がある。

経験【=真実】を嘘に変換するから、SFの嘘には説得力がある。
僕の感覚では、嘘の設定に隠喩を散りばめられる事が楽しかった。
嘘の中に何個かの真実を仕込んで、ほくそ笑む事が出来たという訳だ。

それらの行為は僕が作品の中で普段から行ってる行為ではあるが、
SFの世界観の中に放り出された嘘は、たまらなく楽しかった。
それは堂々と「嘘だ」と自己主張する、唯一の真実である。

僕は自分の作品を、自分で細かく説明するのが嫌いだ。
だけれど本作品は少し特異な作品だったし、
僕が普段、一つの作品に対して、この程度の意味を持たせてるというのを、
細かく説明してみるのも一興と考え、それらを今回は記してみよう、と考えたのだ。

勿論、僕が話せる範囲まで。

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■【サトゥルヌス】という存在

まず最大の嘘は、土星移住者という設定である。
2007年現在、月に行くのも大変な人類が、
本作の中では土星に居住し、しかも正月には帰省する。

僕の作品は通常、何処にでもありそうな風景を書くが、
本作においても土星の位置付けは、何処かの町と変わらない。
「ちょっと土星まで」という雰囲気で書いた。

【G線上のアリア】を聴いた時に、
真っ先に思い浮かべたのは、優雅に回転する土星の輪である。
それはレコードの回転盤(それは懐古主義的である)の上に、
ゆっくりと針を落とし、荘厳な音楽を流し始めたのだ。

弟は三歳の春に土星に連れて行かれた、と書いてあるが、
その理由を主人公である【僕】は知らない。

土星開発の実験体に近いような気もするが、
正月には地球に帰省し、現在は仕事もしているようだ。
作中に両親が登場しないのは、恐らくすでに存在しないからだろう。

【僕】が一人暮らしをしているのであれば、
帰省した弟が両親に会わずに、その家で年を越すのは不自然であるし、
普通の一人暮らしの割には、高そうな家に住んで居る。

恐らくは弟を土星開発者に渡した代わりに、
両親には多額の保証金が受け渡されていたはずであり、
【僕】は両親が死んだ今でも、その家に住んで居るのだ。

これらの設定に説得力を持たせる為に使ったのは、
土星移住者=【サトゥルヌス】という用語である。
無論、こんな用語は存在しない。

言葉自体は存在する。
ローマ神話に登場する農耕神である。
英語ではサターンと呼び、土星を表す単語である。

ローマ神話のサトゥルヌスは、ギリシア神話のクロノスと同一視される。
彼は「我が子に殺される」という予言を受けた為、
我が子が生まれてくる度に、それを食ったという。

※神話に沿うように、弟は三歳で土星に連れて行かれる。

クロノス【=サトゥルヌス】が食った我が子の中で、
唯一助かったのが、神々の王・ゼウスである。
ゼウスは母親が機転によって、クロノスに石を食わせ、
ゼウスを食ったとクロノスが勘違いした事によって助かった。

後に成長したゼウスは、
クロノスの胃から兄弟達を吐き出させ、全てを救出する。
そして兄弟達と力を合わせ、
クロノスを始めとする【ティタン】を滅ぼしていくのだ。

【ティタン】とは、ゼウスに対抗した巨大な神々である。
そして、その英語での呼び名は。
【タイタン】である。

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■【タイタン】という衛星

サトゥルヌス達は、土星移住者と名の付くものの、実際にはその大半が衛星タイタンに居住して居る。
衛星タイタンをwikiで検索すると、以下のような情報が出る。(若干編集)

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タイタンの特徴は衛星を包む濃い大気と雲である。
表面気圧は地球の1.6倍。
大気の主成分は窒素(97%)とメタン(2%)であることが計測されている。

太陽系内で大気を持つ衛星には他にも、
木星の衛星イオや海王星の衛星トリトンなどが存在するが、
タイタンほど厚い大気を持つ衛星はない。
また、タイタンには地球によく似た地形や気象現象があるとされている。

2004年12月24日、小型探査機ホイヘンス・プローブをタイタンに投下。
2005年1月14日、タイタン上空に到達。

パラシュートを使って表面へ着陸。
着陸作業中に写真撮影を行い、データを送信した。
この画像には液体メタンによるものと思われる海・川・陸地、
デルタ状の「河口」が写っていた。

また大気成分や温度・気圧・地形など、
膨大な科学データがカッシーニ経由で地球へ送られ、
その中には地表を吹き渡る風の音を捉えた音声データも含まれていた。

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あくまでも僕にとって、
単純に考えて、タイタンという衛星には魅力と真実味がある。
今は無理でも、将来的には移住可能なのでは、と思わせるような、
根拠がありそうで実はあまり無い、ぼんやりとした期待感がある。

しかし僕がタイタンを登場人物の居住地にしたのには、
実際には、別の面で、もう少し重要な意味がある。
タイタンの呼び方だ。

前述のように、もう一つの読み方は【ティタン】。
それからもう一つの読み方もある。
【チタン】だ。

【チタン】は僕の他作品にも、たまに出てくる記号である。
それは「欠ける事の無い純粋」を表している。

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■【イリーナ・ペトルーシュカ】という存在

イリーナは、セクサロイドである。
計画当初の土星開発者は、圧倒的に男性が多かった。
長期間に渡り地球を離れて作業をしなければならない彼等の為に、
莫大な予算を投入して開発されたのが、イリーナのようなセクサロイドだ。

自立型の人工知能が搭載されている。
音声認識によって容姿を変更する事が可能であり、
当時の土星開発者達は、この機能によってセクサロイド達を、
自分の愛する者の容姿に変化させ、生活していたのだと考えられる。

土星では一般的に【家政婦型アンドロイド】と呼ばれるように、
性生活だけを共にする訳ではなく、日常生活全般を共にする。
イリーナは一般購入できる廉価版であるが、機能は劣らない。

サトゥルヌスは重力の影響で手足が細長くなるが、
セクサロイド達の体型も、基本的にサトゥルヌスに合わせている。

容姿の基本ベースはロシア人をモチーフにして居るが、
変形パターンは組み合わせによって、ほぼ無限である。
※基本ベースは色白・金髪・緑色の目である。

イリーナは弟によって購入されたが、
地球に帰省する前に、弟は新型のセクサロイドを購入している。

イリーナの機能が新型と比べて著しく劣る訳では無く、
弟にとっては新車に乗り換えるような軽い感覚であるし、
プレステ2を遊び飽きて、Wiiを買うような軽い感覚である。

イリーナにとって、弟との別れは悲しいモノでは無い。
弟は衛星タイタンでの暮らしにも馴れ、現在を楽しんでいるからだ。

イリーナが自覚する自己の存在目的は、
恐らく通常のセクサロイドとは少し異なるものであった。
そしてそれは、弟との生活では、もう既に満たされた目的だった。

イリーナは【僕】に興味を抱く。

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■【イリーナ】の存在目的

イリーナの細長い腕を見て、
【僕】は「冬に咲く白いリンドウのようだ」と思う。

リンドウは多年草であり、竜胆と書く。
竜胆は苦味のある生薬で、舌の先を刺激し、
大脳反射によって胃液の分泌を盛んにする。

水田に、群生せず、一本で咲く。

花言葉は【悲しんでいるあなたを愛する】。

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■【イリーナ】の変化と僕

【僕】は隠喩のような言葉を呟き、イリーナの容姿を変化させる。
そして「触れられなくても、触れたい」のだと願う。
温度が無くても、せめて一度、もう一度、触れたいと願う。
イリーナが変化したのは、誰の容姿だったのか。

恐らくは【母親】に変化していたはずだ。

クロノス【=サトゥルヌス】からゼウスを守ったのは、母である。
【僕】は幼い記憶の中の、若かりし母の姿を愛している。
しかしそれは永遠に手に触れられぬ残像である。
【僕】の母親への愛は倒錯している。
イリーナは【僕】を受け入れながら、絶叫のように諭す。

「もしも君が私を誰に重ねて眺めようが、
 私は私なのよ。

 同じ人間なんて、何処にも居ないのよ。
 君が誰にも似てないように。

 宇宙に浮ぶ名も無い惑星を見付けたなら、
 君が自分の力で名前を決めなさい。
 それは君だけの惑星だわ。

 もしも私が誰にでも変化できるとしても、
 私は私から離れる事は出来ないのよ。
 私は私なんだもの。

 ねぇ、私の名前は何?」

【僕】はその時、もう母親ではなく、
【イリーナ】の名を連呼しながら、零れ落ちるように果てる。

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■【イリーナ】に秘めた名前

イリーナ・ペトルーシュカ。
【ペトルーシュカ】は、ストラヴィンスキーの三大バレエ音楽の一つである。
コチラもwikiで検索すると、以下のような情報が出る。(若干編集)

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おがくずの体を持つわら人形の物語。
主人公のパペットは命を吹き込まれて恋を知る。
ペトルーシュカは、いわばロシア版のピノキオである。

悲劇的な事に正真正銘の人間ではないにも関わらず、
真の情熱を感じており、その為、人間に憧れている。

ペトルーシュカは時おり引き攣ったようにぎこちなく動き、
人形の体の中に閉じ込められた苦しみの感情を伝えている。

――――
イリーナはセクサロイドであるが、人間の感情を持っている。
そして相手の悲しみを愛する為に存在する。

相手の悲しみが癒えた後も、相手を愛する事は出来る。
至って通常の人間の感情と同様である。

弟の場合は、弟の側にイリーナへの愛情が無かった。
しかし、それは一般的なサトゥルヌスの、普通の反応である。
一般的なサトゥルヌスにとって、セクサロイドは生きる家電である。

一方の【僕】にとって、イリーナは愛すべき存在になった。

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■【土星と地球】の関係性

作中の【僕】の台詞に、

「地球から土星を経て、冥王星まで。
 もしかしたら、その先まで。
 僕は今も地球に留まったままだけれど、
 何時か僕も、此処を離れる日が来るのだろうか。」

という一節がある。

地球と冥王星の関係は【現在と死】である。
※太陽は【発生】である。

土星の位置は【現在よりも死に近い将来】と考えられる。

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■【作品のラスト】 の真実

実はラスト・シーンには手を加えた。

普段の僕の作品であれば、本作品のラストは
【虚空に向けて、僕は手を伸ばした。】で締められる。
あそこで終わる事によって、本来の作品のテーマも活きると思う。

ところが、そこでフと考えた。

今回の作品は、
皆から募ったリアクションを元に作られている。
言うなれば皆で一緒に作り上げた作品であって、
それを悲しい終わり方にするのは、違うのではないか。

今回の作品を楽しみにしてくれた人達が、
全員ハッピーになる終わり方でなければいけないのではないか。
そう考えた場合、このままで終わらせて良いとは思えなくなった。

【不意に、何かが動いた。】

僕はすぐにキーボードを打ち進めた。
弟が言った「二階に居るよ」という台詞が回転した。
そうだ、彼女は二階に居る。

【僕】は階段を駆け登った。

この作品は、僕一人で生み出したモノでは無い。
沢山の人達が自由に、好き勝手に、馬鹿話をしながら、
僕に声をかけてくれた結果、生み出された作品である。

ハッピーな気分に浸って欲しい。
何度も読み直したいと思えるような作品になれば良い。
少しくらい辻褄が合わなくなっても、笑顔で読めるラスト・シーンが良い。
あのまま土星に戻るはずだった彼女を、地球に残らせたくなった。


僕は【僕】とイリーナを再会させた。


イリーナは昨夜と同じ容姿のまま、僕を待って居た。

イリーナは僕を見ると、また楽しそうに笑った。
昨夜の彼女と同じように、大きな目を細めて悪戯のように笑うと、
僕に近付いて、僕の頬に優しく触れた。

「此処に住むの?」

「住むよ、駄目?」

「駄目じゃない」

僕はイリーナに触れ、
頭を撫で、手を繋ぎ、唇付けをした。
イリーナの体温が、僕の中に流れるように、伝わった。

体温?


「さて、たった今から、二人だけの生活よ」


唇を離すと、イリーナは僕の顔を見詰めながら笑った。


「まず最初に、何をしようか?」

「そうだな、何をしようか」

「実はもう決めてるの」


彼女が指を鳴らした。

懐古主義的な回転盤が始動した。


惑星に向かう隕石のように、

回転盤の上に自動的に針が落ちると、

静寂の中から、悠然と、音楽が流れ始めた。


そしてまた、G線上のアリアが、流れた。

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Well, where is real?

■惑星のバロック あとがき 完

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